2006年02月14日

はてなBMのタグは「使えない」から「面白い」

 はてなブックマークのタグって、複数キーワードでの絞り込みができない。結果、使えない。ソーシャル・ブックマークとしてうまく機能するためには、それが壁になってくるのだろうけど、僕は使えないからこそ面白い、とも思う。

 タグが「使える」ものだと、みんな「使おう」とする。
 つまりはてなユーザーは、より「使えるタグ」、より「ソーシャルなタグ」を使うでしょう。例えば「ブログ」や「weblog」、「BLOG」じゃなくて「blog」で統一しよう、とか、汎用性を考えるようになる、多分。

 でも、「使えない」と、「使おう」という意識に縛られない。
 そうじゃなくて「自分にピッタリくるような言葉」をタグにする。それでいい。それがいい。
 そんなことを少し思う。

 ここを読んで思いました:まなめはうす2006-02-13 (Mon) 04:58

2006年02月13日

エロは強い

 同じ場所に貼ると、だいたい10倍くらいのクリックがあるね。
 右の数字がクリックされた回数。下の方がクリック回数が多い。
不知火檢校 11
サルまん 上 新装版―サルでも描けるまんが教室 (1) 12
ぼっきーず 13
群衆 13
グランド・ギャラリー・プレゼンツ トーキョー・ラグジュアリー・ラウンジ 14
これで充分・信頼度アップ Excelをワープロ代わりに使う業務文書作成入門 17
世界がわかる宗教社会学入門 17
発情ダブルま○こ 長谷川留美子+小泉ひ 33
NONSTOP 長谷川留美子 34

タモリのTOKYO坂道美学入門 43
ほしのあき Darn-Tarn 357
Amazonアソシエイトのクリックランキング

コメントへの返信も自分のために

 私の思う「優れたブロガー」というのは、自分のためにブログをやっている人。
 今日、304を読んでいて「まなめさんって、コメント返さないよなー」と思っていたのです。

 えっけんさんも、昔は結構まめにコメントに返事をしていた(と思うんだ)けれど、最近はほとんど書いてないのね。
 その変化って何だったんだろうなあ?と少し考えて、それはつまり「コメントへの返信も自分のため」だと考え直したからなのではないか。
 何か自分に刺激を与えたコメントには反応するけど、それ以外に返信したって仕方ないじゃない、というような、そんな気持ちなんじゃないかなあ、なんて思った。
 もちろん、これは単なる憶測だけれど。

 僕にはできないんですけどね、そういうことは。基本的に、ほとんどのコメントには返事を書く。僕はそうあるべきだと思って書くし、その意味もそれなりにあるのだ。つまり、一見して大したことのないコメントでも、読み込むと何かあったりする。
 しかしそれは、ビビリでもあるのですね。

 うーん、自分にとって何が楽しいのか、すこし失いかけてるな。

2006年02月10日

嘘は言うけどホントだぜ。

 被ブックマーク。タグに[もう読まない]が付いていて軽くショックだったり。

 僕は今まで駄洒落を使った釣りタイトルやら、閉鎖を装った釣り記事を書いてきたのだけど、書いてある気持ちや悩み、愛情や苦しみは、嘘でもなんでもない。冗談やヒッカケは沢山あるけど、しかし嘘は言わない。

 何度か書いているけれど、僕は近田春夫の「嘘は言うけどホントだぜ」という言葉が好き。完全なネタとして言葉を繰り出すほどに、僕は器用ではないし、また、完全に本心を吐露してしまうほどに不器用ではない。
 ここに書いてあることは、僕の「表出した一部分」に過ぎないし、それは常にとても恣意的なものだけれど、しかし、それは「嘘」ではない。

 上記のようなことを書いてしまうこと自体が、すでに無防備な気もするけれど、それくらいの温度が、今の僕にはちょうど良いような気がするのです。

アイドルは吸う煙草も選ぶべきだ。

 いや、違うよ、バージニアスリムじゃダメだ!
 それはキャバクラ嬢の煙草じゃないですか。もし万が一喫煙がばれた時にも、それなりに「お、こんなの吸ってるのか」と思われるような、そんな煙草を吸って欲しいものです、アイドルには。

 「ショートホープ」とか。

 「ハイライト・メンソール」とか。

 「峰」とか。

 「こいき」とか。

はてなの中のかわず

 BlogPeopleにはてなダイアリーを登録していて、僕にとって「はてなダイアリーを読む」というのが、「ブログを読む」感覚と少し違うんだよな、と気がついた。
 それは「はてなの世界をのぞいてみる」という様な感覚。
 例外もあるけれど、はてなとブログの間には境界がある。はてなで起こっていることは、飽くまでも「はてなの中で(のみ)起こっている」こと、である。
 そんな感じがする。それは何故だろう?はてなの人は言及が好きだから、そう見えるだけなのだろうか。
 「はてなの中のかわず」とは、必ずしも悪い意味ではない。しかし、はてなの中というのはWeb上でも異質な空間であるというのが僕の認識。はてなははてなの風が吹く。良くも悪くも。

2006年02月09日

考えていることの更に奥

 昨日書いた記事については、いろいろ憶測や誤解があり、まあそれはそれで良いのだけれど、一番言い当てているのはゆがんだはしごさんのコメントだと思う。
 やはりあの頃のように言葉を繰り出すだけの心が、今の僕にはなくて、じゃあ書かなければいいのだけれど、しかし、書くことが習慣になってしまっているので、何か書く。書くとアクセスがあり、反応がある。それが当たり前になっているのだけれど、それに僕はどんどんむしばまれる。
 昨日の記事にしたって、内面の吐露を装って、しかし、その奥では、その記事に集まるであろうコメントやブックマーク、あるいは慈しみの言葉を想定している。昨日の記事は、明確に、ある一人の人からブックマークされるべく、それを狙って書いた物だったりする。
 そういう風に「注目されている自分」を意識しながら生きるというのは、なにか自分らしくないような気がする。それが自分を縛る、ということではなく、自らがとても穢らしい、いやらしい人間になってゆくような感覚が嫌だ。
 表現をする、表現を続けるというのは、別にかっこいいことでもなんでもなく、なにかこう、自分がどろどろと流れ出すようなもの。

トンデモ本

すごい本を発見してしまった。

Excelをワープロ代わりに使う業務文書作成入門

一応アフィリエイトリンクを貼っておきます。

2006年02月08日

考えていること。

 ブログに書いている内容のうち、ブログ論的なものの比率が上がってくると、書いている自分は楽しくなくなってくる。
 他人の役に立ったとしても、自分では分かっていることばかり書いているから、脳味噌をあまり使わない。はてなブックマークが隆盛を極めるほどに、コメントはつかなくなり、100文字以内のブックマークコメントには示唆に富んだものは少なく、それはつまり、既知の事柄からの世界の広がりを阻害している。
 苦痛や違和感や、あるいは自尊心から、言葉を丁寧に読み、そこに自分の持たない価値観を見付け、それを評価する。
 そういう機会が減っているのは確かだ。それは積極的な不快さを伴うものではないけれど、しかし、自分の時間、自分の思考、自分の人生がよどんでいる様な、そんな気分になる。
 自分には、Web上に生きている価値がない。そのように思えてくる。
 人は、もっと考えるべきだ。何について考えるべきなのかと言えば「絶対に答えの出ない問い」に対する答え、あるいは答えのようなものについて考えるべきだ。
 そのように思う。断片断片で答えを出し、それを得意げに披露しているようでは、本当に生きている価値がなくなってゆくように思うのです。

蝸牛SM

 今日、ブログ論がつまらないという記事を書いたのだけど、それが支持されたら支持されたで、寂しいものですよ。だって僕自身しょっちゅう書いてるわけだから。
 自分でダメ出しして自分で苦しむ、一人SM。

メンテ中に投稿してみる。

何故「ネギま!」が大成しないのか?

 多分、「小さくてうるさい」から「砂利」って言うんだよなあ。
 ジャリが好きなものを批判すると、ジャリが寄ってくるので鬱陶しい。僕はジャリ向け漫画も読まないし、ゲームもしないし、ヒット曲も聴かない。良かった。
 ジャリがたくさんいる中で、一つ面白い言葉が。
釣ったの釣らないの言ってたら人生損しますよ?
 いい言葉ですね。

2006年02月07日

甘木

 嫌いなことは沢山あるけど。

 「某」が嫌いだ。

 ブログでも度々見られる。「先ほど逮捕されたIT企業の某社長」、「某L社」、「某ライブドア」
 なんなのアレ?
 気持ち悪い。

でも分からないことは受け入れられない

 この記事からの続き。(ここの続きでもある)

 僕は、女流作家の本を読まない。特に決めているわけではなくて、何故かそうなっている。多分持っているのは向田邦子だけだ。
 なんでだろう?と思うのだけれど、それは結局「分からない」からなのだと思う。女の考えていることは分からない。分からないから、読んでも仕方がない。
 それが文学だろう、と言われるのだろうけど。

 「共通認識のある人に、分からないことを言われる」のと「共通認識のない人に、分からないことを言われる」のは違う。
 前者の場合、「多分、僕にも分かるはずだ」と思って、分かろうと努力する。結論が出る出ないは別として、結論を出そうと思う。
 でも、後者の場合は「分かる気がしない」ので、考えることを放棄してしまう。
 ああ、そうですね「バカの壁」ですね。

 女の行動というものをわずかながら理解できるようになったのは内田春菊のおかげだと思うんだけど、それでも、行動や心理のパターンをいくつか知ったというだけで、その原理を理解するには至っていない。
 いや、別段理解したいとも思っていないのです。理解したら恋愛がつまらなくなりそうだし、何より、僕だって女のことばかり考えて人生を終えようとは思わないのだから。

 でも、なんか感じたのです。「本当に分からないもの」と僕の間の断絶を。

24000回の肘鉄:内田春菊
24000回の肘鉄

無条件

 doggylifeさんから、バトンが流れてきた。バトン、時季はずれである。しかし、なんというか、とても直球で楽しそうだったので答えてみる。
 その名も「無条件バトン」、なんか、とにかく好きな物、とにかく嫌いな物を挙げるらしい。とにかく好きな物=女、とにかく嫌いな物=バカ、なんだけど、それではつまらない。一つずつ回答してみましょう。

■1、無条件でトキメク人 → 3人
□広末涼子:もうこれこそ無条件。テレビに向かって手を振ってしまう唯一の芸能人。
□中村有志:ハゲ・色気・含羞・肉体・動き・演技すべてにおいて一級。
□小林薫:「ふぞろいの林檎たち」でのイイオトコ振りにやられて以来。

■2、無条件で嫌いなもの → 3個
□輸入盤のCDの上に付いてるシール:はがれない。
□「,」とか「.」とか使ってる日本語の文章:文系の劣等感が刺激されます。
□エクセルのセル結合:やめてください、頼むから。

■3、無条件でお金をかけられるもの → 5個
※無条件というのはないです。だって、収入と貯金が条件になるから。
□CD・DVD:とにかく買うよ。
□ぜいたく:いいホテル、いい酒、いい食べ物、欲しくなったらあとさき考えず。
□競泳水着フェチビデオ:フラットなナイロン素材が好きなのです。
□シンセサイザー:ごくたまに、発作的に買います。80年代以前のが好き。
□水曜どうでしょう:お金もないのに、札幌まで馳せ参じたわけですから。

■4、無条件で好きなもの → 3個
□天災(雪・雷・颱風):地震以外。人が死なない天災が好き。
□古典芸能(落語と世話物歌舞伎):気が付くと、木と竹と紙が欲しくなる。
□女:だって僕は男だから。

■5、無条件でバトンを受け取らせる人 → 5人
□君だよ!
□君だよ!
□君だよ!
□君だよ!
□君だよ!
・と書いてあるバトンを「俺の事か!」と自意識過剰に判断して拾うような人が、僕は好きです。そういう人の方がかわいいじゃないですか(いや、別に釣りじゃないよ。本音。まあ適当にどうぞ)

2006年02月06日

「2ちゃんの外」が危険だ

 時季はずれだけど、この記事を読んで思った。
米光VS中学生? コメント欄が荒れていく
 中坊という言葉が流行ったのは2ちゃんねるからなのだろう。「馬鹿で無鉄砲」の代名詞だ。でも、本当にあぶない奴っていうのは、むしろ2ちぇんねるの外にいるんじゃないか。
 大人が子供のために作った隔離施設、「子供のためのインターネット」の中で育った子供の方が、よっぽど無鉄砲で、予測不可能な無茶をする。
 子供がいたずらをするのは当たり前だけれど、どうもインターネットに住んでいる子供たちは「自分たちの意識は大人にとっても常識だ」と思っている節がある。
 そうやって、いたずらがいたずらじゃなくなって、当たり前の事になってしまうのはとても気持ちの悪いこと。

人気ブロガーになるたった一つの方法

てめえの腐った性根をたたき直すことだ!
ポジティブ・シンキング一筋に生きろ!そして人に優しく!

無理です。

また一歩、人気ブロガーから遠のいた。

受賞ラッシュ!

 「はてなブックマークセレクション」にも選ばれてしまって、てんやわんやですよ。

 このネタは、書くのめんどくさいなーと思ってたんだけど、書いてみたら1時間くらいで終わりました。もっとネタっぽくしようかとも思ったんですが、まあこんな感じで。
 何というか、私は、実はとても平和な人間なんだなあ、とか思った。

インターネットという欠落

「なんでも知ってるつもりでも、ほんとは知らないことがたくさんあるんだよ」from「おでんくん」

 リリーフランキーが、NHK教育に出ていた。

「最近の若い人は、インターネットでなんでも調べて、なんでも分かったつもりになっているけど、そんなことでなんでも分かったつもりになって欲しくない」

 こういう言葉を言って、ちゃんと伝わる人は少ない。IT音痴オヤジの常套句だから。
 でも、リリーさんが言うと「あー、そうなんだよなー」と身につまされる感じ。
 数年前にリリーさんの「誰も知らない名言集」を読んで、もうガッツンガッツン来たわけです。基本的にはお笑いなんだけど、人間の本能とか、何?そう、「魂のソウル」に溢れた著作で、もう真実が詰まりまくったお笑いエッセイだったから。
 それ以来、この人の言葉を信用している。
 で、最近は「今日のつぶやき」を読んでは笑い、そして色々なことを感じる。
 僕の考える「ロックな人」はみうらじゅんなんだけど、それと双璧をなす「めいたいロックな人」がリリー・フランキーだろうか。

増量・誰も知らない名言集
増量・誰も知らない名言集

2006年02月03日

「スジボリ」について

 奇妙なシリーズをぼちぼち書いていますが、これはネタ写真家kakakoさんがmixiで書いている「ウキボリ」というシリーズのパクリです。「ウキボリ」というネーミングはなかなかで、細かい断片を一つ一つ寄せ集めてゆくと、その人がどういう人なのか、だんだんイメージができる。

 こりゃ面白い、と思って、早速パクり、ここで「スジボリ」を始めました。

 「筋彫り」とは、刺青を入れる際にまず肌に描く線画(下絵)のことです。一通り筋彫りで絵を描いて、そこに塗り絵のように色を乗せるらしいです。

2006年02月02日

告知:旧ブログの名称変更について

すっごく限られた人たちに対する連絡事項です。
あまりに長いので「旧・他人の不幸は蜜の味」に変更しました。
現在再構築中。

今の僕の日記よりも面白いです。恋愛話とか読みたい方はどうぞ。
アーカイヴ(リンク集)

FC2もexciteも。

だからもう、やめればいいのにそんなこと、と思うのであった。

2006年02月01日

どこまでくだけるか

 さっき、mozyさんのコメントへの返事を書いていて気が付いた。
 「他人の不幸は蜜の味」では、コメントの冒頭、相手の名前に「さま」を付けているけれど、こっちでは「さん」にしようと思っていたのだった。
 前の、ののかさんへの返事には、うっかり「さま」と書いていた。

 こっちはインフォーマルだから、「さま」より「さん」の方がくだけてるよな、と思ったのです。
 でも「くん」とか「ちゃん」とか「しゃん」とか、そこまではくだけない。そういうのが僕で、幾分「かたくるしい」人間なのかも知れない。
 昔、仕事で鹿児島の得意先に行った時「大蔵省の人が来たのかと思った!」と言われたことがある。

2006年01月27日

コメント欄、閉じればいいのに。

 スネークマンショーやブルーフィルムなんかが好きだったので、敬意を込めつつ桑原茂一氏のブログをたまに読む。
 久しぶりに読んだら、ひどい状況を発見。
 この記事のコメント欄。ファンが質問をしている。
例のポッドキャストの件で質問なのですが、第1回目の配信で、開始62秒辺りからJazzyな曲が桑原さんのナレーションに被るのですが、これって誰の曲なんでしょうか?
 コメント書き込みは12/25、回答はなし。
 答えてやれよ!こういうコメントは無視するなよ、と思った。
 こういう情報は、検索してすぐに分かりそうなものではない。質問した人は本当に知りたかったのだろうと思う。気の毒だ。
 コメントに答える気がないのなら、コメント欄は閉じればいい。コメントが多すぎて答えられないほどの人気ブログでもない。
 ブログは優れたPRツールだけれど、ちゃんと誠意ある運営をしなければファンを減らす可能性も十分にあるということを理解するべきだと思う。

2006年01月25日

がんばってください!

 ここのコメント欄が痛いわけですが、やっぱり「読まれるはずのないコメントを一生懸命書く人」っていうのはアレですね。
 いや僕も、「ふぅーん」と思って読んでたんだけど、さすがに
本件と当社は、全く関係ない。
 でズッコケました。
 しかしコメント欄で、藤田社長が「逮捕されるなんてことは絶対ないです!」って勝手に誓っちゃってる人がいるんだけど、どういう精神構造してるんだろう。
 「希望的観測」と「事実」の区別ができない思考回路の持ち主なのか、あるいは語彙がないだけなのか。その両方だと思うんだけど。
 落ち込んでいる(らしい)人をあからさまに叩くのもどうかと思うが、擁護派のアホぶりにも呆れる。
 僕は、落ち込んでいる人間に対して「がんばって」としか言えない人間を信用しない。

2006年01月24日

朝日「素粒子」の人ははてなブックマークでもしておきなさい

・朝日新聞「素粒子」の作者は、会社止めてはてなブックマークでもしてればいいのに。
・金をもらって書くような文章じゃないよ、あれは。

・はてなブックマークに付く否定的なコメントについて、「暴力的だ」とかいう批判があったりするんだけど。
・僕も「死ねばいいのに」なんていうのはあまり好きじゃないが。
・でも、否定的な、時には過剰に悪口的なコメントがあっても良いと思う。僕はそういう「読み手の本音」を観察するような場所として、はてなブックマークは重要だと思う。

・しかし、2ちゃんねるのような完全に匿名な場ではない。ここがポイントで、完全な匿名ではないから「完全な本音ではない、しかし、本音に近い意見」がはてなでは観察できる。
・井戸端会議的な。おばちゃんが「ホリエモンは捕まると思ってたわよ、悪そうな顔してるもの」っていうような。そういうおばちゃんの意見の集合体が「世論」になると僕は思ってるから。
・そういえば今日の朝、みのもんたが「有能な弁護士も世論には勝てない」って暴言を吐いてたな。

・本音に品位がない、と言われればそれまでかも知れないけど。
・でも「素粒子」の作者ほど品位のないブックマークコメントなんて見たことないしなあ。
・ブックマークコメントよりも、未だにライブドアの事件を報道する時に「堀江社長にとって想定外の事態になりましたねえ」とか言うアホアナウンサーの方が、よっぽど品位無いと思うけどなあ。

「分かっていること」の危険性

先日の記事での思考の続き。

・分かっていて、「そんなこと分かってるよ」と思うんだけど、本当は分かっていないことだってある。
・若い子、自分より5つも10も違うような若い子が言うこと。「青いなあ」とか「そんなこと分かってるよ」と思うこと。
・そういうことに、僕は耳を貸さない。
・でも、それじゃあいけないよな、と思う。たまに。ごくたまに。
・たまに、そういう「分かってるはずのこと」が何かのヒントになる。

・因みに、若い子に仕事の話をする時、「分かってます」と返ってくることがあるけど、そういう場合はほぼ100%、全く分かってません。
・入社一年目で「分かってます」と言いたがる新入社員は、ダメです。他の人より確実に成長が遅いと思う。長い目で見ましょう。

・歳を取るというのは「分かってること」を貯めてゆく、ということ。前提・常識を増やしてゆくこと。
・そのリスクについては、ずいぶん以前に記事にしました。→「『ガダラの豚』と、経験というリスク」
・荒い文章だけど、先日読み返して「ふぅん」と感心しました。

ソニー雑感

[WSJ] ソニー、オーディオ部門を再編
・部門名が「コネクトカンパニー」ということは、ハードウェアに偏らない製品開発を、という事なのだろうと思う。それは評価できる。
・SONYの迷走は、結局著作権という既得権と顧客満足のバランスを取り違えたことから始まったのではないか、と僕は思う。
・せっかくコンテンツを持っているのだから「未来に音楽を生かすこと」、本当に音楽を楽しむために、自分たちがやるべき事を、まず考えるべきだと思う。

バナーとSignature

・先日、お茶の葉を買ったんだけど、家に急須がないことを確認。万事キュウス。
・昨日、急須を購入。

・さて、バナーとSignatureなんだけど、きっかけはここの記事に貼り付けた画像。
・これはTELEXの公式ページからダウンロードした物。
http://www.telex-music.com/goodies.html
・ここにSignatureと書いてあるんだけど、これ、どう見ても「ここにバナーをおいておくから、てめーら自分のwebページで広告しやがれ」ってことだろ?と思ったんですよ。
・で、ちらっと検索かけて「signature=バナー」みたいな使われかたしてるのかな?と。いずれにせよ、画像の無断使用はOKでしょう、と思って貼ったのです。
・でも、wikipediaとか見ると、よく分からないんですね。
・詳しい人がいたら教えてください。

2006年01月20日

僕の、そして僕のブログのキャッチコピー

・戦うブロガー、LSTYのブログです。
・「ブログ界のガンジー」ことLSTYのページです。
・「偽善に勝る世渡り無し」が信条の、LSTYのブログ。
・読者に笑顔で塩をまく、LSTYのブログ。
・収入は低く、プライドの高い男、LSTYのブログです。
・うけないダジャレで人間関係に亀裂。LSTYのブログです。
・言動は雄々しく、行動は女々しいLSTYのブログです。
・見た目はかわいく、食べたらまずい。そんな、マジパンのような人間になりたいLSTYのブログです。
・ピーナッツを殻のまま食べるような猛々しさが欲しい、LSTYのブログです。
・「明けない夜はない。夜の明けぬ日が来るまではな。」LSTYのブログです。
・わらうとなぐるぞ。LSTYのブログです。

なんか「トリビアの泉」の高橋克実みたいになってきた。

途中までは結構本気です。

「わからない」と「いらない」

・「分からない」と「要らない」は違う。
・情報ノイズにもいくつか種類がある。要らない情報だけではなく、「今は理解できない情報」もまた、その時点ではノイズだ。
・その違いを、分かっていなければいけない。自分はそれを理解できて、そして要らないと判断したのか。あるいは、理解できず判断できないから、今の自分には役に立たないのか。

・分からないと要らないとを混同してしまう人には、成長がない。
・事実誤認のカタマリになる。
・間違ったことを堂々と、自信たっぷりに言う。しかも嘲笑を交えて「あなたたちには分からないでしょうが」なんて言うのだ。
・そしてそのうち、誰もそれを指摘してくれなくなる。
・そういう人間が、歳を取って新聞の投書欄にトンチンカンな投書を送ったりする←これ偏見

・今日、ブックマークコメントを読んでいてどうしても理解できないコメントがあった。
・全く分からなかった、意味が。
・でも、そのコメントはノイズではないし、多分、いずれ意味を持つのだろう、という気持ちがした。
・「分からないこと」を切り捨ててしまわない人間でいたいと思う。

2006年01月19日

レクター博士は僕を殺せるのだろうか?

 映画「羊たちの沈黙」で、レクター博士は隣の独房に収容されていたミグズという男を殺している。
 実際に手を下したわけではない。ミグズを言葉でなじり、自殺させたのだった。

 レクター博士は、同じようにして僕を殺せるのだろうか?
 独房だったからこんな事ができたのではないかと思う。自分の心と、レクター博士の言葉しかない空間だったから、ミグズは自殺に追い込まれたのではないか。
 他の色々な人の言葉とも接することができたなら、ミグズは死ななかったかも知れない。

 僕は、人の言葉に反応する。他人の意見に単純に左右されると言うことはないが、他人の意見は常に僕に刺激を与え、僕の精神は動き続ける。
 普段意固地な分、「この人の言うことは信頼できる」と思ってしまうと、かえって左右されやすいのかも知れない。

ちょっと雑感(日記から抜け落ちた物)

・トヨタの奥田会長の、livedoorに関する発言を聞いて「あ、これは本当にやばいな」と思った。
 日本経団連の奥田碩会長は18日の講演で、ライブドアが昨年12月に経団連に入会したことについて「ミスったというか早すぎた」と述べ、判断ミスとの認識を示した。
ライブドアの経団連入会は「早すぎた」と奥田会長(新会社法WEB

・「disrespectすることで仲の良さを強調」って、我ながらいやらしくて不快なことだと思うんだけど、スチャダラパーと電気グルーヴがアルバムでやってたな、そういえば。

・バカによる車の運転が嫌いなんだけど、とりあえず2点だけ言うと、
1.方向指示器を出せよ、馬鹿野郎。
2.右折レーンに入ったら車間を詰めろよ、馬鹿野郎。

・wikipediaの、松本人志の項は気持ち悪い。ああいうの、嫌い。

<ちょっと追記>
・宮崎勤は自分をヒーロー化しているけど、ペドフィリアもネクロフィリアも昔からいる。
・タイミングだけだ。宮崎勤という人間は、何も面白くない。

2006年01月17日

だらだらでれでれ

 仕事が佳境に入ってきました。一生懸命やればあと1時間で終わらせられる。

 そんなとき、ふと「最近の俺のブログとの接し方はダメだな」と思った。
 だらだらでれでれと馴れ合いすぎている。
 ブログも、ブックマークも、mixiも、そのどこにいても僕はぬるま湯につかっているような気持ちになっている。
 昔はもっと、記事もアクセス数も殺伐としていた。アクセス数が100PV/日だった頃の方が、緊張感を持ってブログに接していた。自分で記事を書く時も、他人のブログを読む時もも。
 「アクセスが欲しい!」ってんじゃなくて、なんだろうか、「そんなに見てる人もいないし」って気持ちで書ける本音があったような気がする。そして、真剣だったと思う。

 はてなブックマークを見ていると、「はてな界隈で有名な人」には批判的なコメントが付きにくい。
 知られること、読者が付くことで、だんだん批判されにくくなる。否定されにくくなる。
 そうして、何かピリッとしたものを失ってゆく。

 ちょっと考えます。いや、考えるまでもない。こういう事に気付いたのだから。
 意識的にせよ、無意識にせよ、何かが少しずつ変わることでしょう。

共感の先にある物

「余りに自分と似てる人とは、深く関わらない方が良い」

拾った言葉。

2006年01月16日

ブログのジャンル

ずっと前から怒っていること。

ブログジャンルの「くらし」とか「生活」って、何だよ!?

2006年01月15日

アホリエイター

 アホなアフィリエイターのことを「アホリエイター」と呼びましょう。
 既に使われてるかと思ったら、あんまり使われてないみたい。

「釣り」と「祭り」

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://lsty.seesaa.net/article/11642977.html
 ネットユーザーの特性として、
・相手が仕掛けた物に「釣られる」のが嫌い
・「祭り」に参加するのは好き
 というのが挙げられるように思う。釣りと祭りの違いとはナニか?
・恣意性の強弱
・参加者重視か主催者重視か
・主催者に対するブランドロイヤルティー
 いろいろ挙げられるだろうけど、そのしきい値ってどんなもんなんだろうか?
 基本的に興味のない話なんだけど、今回の件で、またちょっとそんなことを思った。

2006年01月14日

最低限のマナーみたいな

ネタも良いけど、第三者を戸惑わせてはいけないと、反省しています。

http://blog.goo.ne.jp/kanimaster/e/fdafcd0621f7db9872b27c00dde73501のコメント欄。

ブロガー観察

 こういう、オンライン情報の「読み方」をする僕は、ある意味、特殊なのかも知れない。
 ゆがんだはしごさんが「ブログストーカー」という称号を得ているんだけど、ある意味、僕もそうなのかも知れない。というか、実生活でもそうだけど、その人の行動パターンとかを読んで、前の行動やこれからの行動を予想するのがくせになっている。

 というのは、今日は珍しく朝から活動しているえっけんさんを発見して「ああ、数日間出張でオフラインな生活を余儀なくされていたえっけんさんが、禁断症状に耐えられなくなって活動し始めたんだろうな」とか思ったから。

 「ああ、たこぽんさんは昨日まで正月休みだったか」とか、そういうことを普通に考える。
 僕は、ブログをそういう風に読んでいる。

みんなネガティブに興味津々

 やっぱりみなさん、もめ事とかなんとか、ネガティブな話題に興味があるのだな、と思う。
 昨日の「むだづかいにっき♂批判」には、はてなブックマークからものすごい量のアクセスがあった。ブックマーク数は14と、それほど多くないものの、毎時間150件くらいのアクセス。単純に24かけると1日3600アクセスになる。通常の日だとはてなブックマークからは1日30アクセスくらいだから、100倍くらいである。

 僕のブログへの、検索エンジンからのアクセスを見ても、初期からずっと上位に挙がる検索ワードは「他人の不幸」とか「不幸」だ。

 やっぱりみんな、人がケンカしてたり、悪口言ってたり、不幸になったりするのが見たいんだな、と思う。

2006年01月13日

深刻な脆弱性

朝日新聞によると、最年少の国会議員として知られる杉村太蔵氏の人格に、深刻な脆弱性があることがわかった。
毎朝新聞
っていう「深刻な脆弱性」の使用方法を思いついた。

大韓民国という国

 久しぶりにJMMを読んだ。
 「Younghee Ahn の韓国レポート」を初めて読んだような気がする。
 韓国という国の持つ病理のような物、それは、日本のそれの、対極にあると思うのだけど、いや、同じなのかも知れない。とにかく、そんな物を感じた。
 彼の会見が終わった後、後方から拍手と「がんばって」という黄色い声援が聞こえた。そして、すぐ「謝れ!ひれ伏して謝れ!話はいつも弁解ばかり嘘ばかりだ!」という男の罵声も聞こえた。
 この文章が、とても象徴的だと思った。
 いつか、誰かが「弱小国家ほど、国名に『大』の字を付けたがる物だ」と言っていたのを思いだした。弱小かどうかは別として、大韓民国の「大」は、国民の愛国心のカタマリなのだろうと思う。

要約の意味

 こんな当たり前の記事にこんな数のブックマークが集まるというのは、要約の意味も知らずに要約文を書いているような人間がいかに多いか、ということだと思う。

 この記事、正しいことを書いてると思うんだけど、僕はここから得る物はないと思った。だって、「要約」ってつまりはそういうことでしょ?文章をそぎ落とすって、そういうことでしょ?

サービス精神

 昨日トボトボと帰りながら思ったんだけど、僕がブログ論を書くと、「そんなん関係ないよ、ブログなんて、どう書いても言いじゃん」ってコメントとか感想があるわけです。
 そういうことを言う人との間に、距離感を感じるのは、なんでだろう?と考えた。
 「サービス精神」なんだな、多分。ということに気付いたのです。

 僕にはサービス精神がある。ないようだけど、あるんです。
 周りの人を笑わせたり、感心させたりしたいと思ってる。それは裏を返せば「自分への評価を高めたい」って事なんだけど、そういう打算的な動機からではなく、単純に「笑わせたい・感心させたい=面白い情報を提供したい」っていう気持ちがある。

 自分がそうだからみんなもそうなんだろうと思ってたんだけど、そうじゃない人も多い。
 そういう人と、自分との間には埋め尽くせない隔絶があるんだろうと思う。嫌いとかじゃなくて、何か決定的に価値観が違うということ。友達にはなれるけど、恋人にもなれるけど、結婚はできない、一緒には暮らせない、とか、なんかそういう違い。

 僕は自分大好きな人間なので、ブログでも自分のことしか書かないし、自己中心的でわがままなんだけど、でも、どっかでサービス精神が働いている。なんとかみなさんに読んでもらえているのも、そのおかげなのだと思う。
 自分のサービス精神に感謝したいと思う。って、この一文も自己賞揚なんだけど。

2006年01月12日

杉村太蔵という人物を見直した。

杉村太蔵は馬鹿だ馬鹿だと思ってたんだけど、見直した。
彼は決して馬鹿ではない。
○○○○だ。

http://b.hatena.ne.jp/entrylist?url=http%3A%2F%2Fsugimurataizo.net%2F&sort=eid

エロい記事を書くために必要なこと

 恋をしていなければ、エロい記事は書けないように思う。
 ポルノは書けるだろうけど、根っこの部分のエロ、心に響くエロは書けない。
 昔僕が言った「エロのソウル」は、恋してないと出ないんじゃないかと思う。
 エロって、その語源の通り「生きる!」っていう気持ちがすごく強くなって表出してくる物だから。それは恋と同じ物だと思う。

 恋するっていうのは、煮詰めると「セックスしたい」っていう気持ちなんだよなあ、と最近気付いた。
 愛と恋の違いはそこなんじゃないかと。愛には、必ずしもセックスは要らないんだろうけど、恋のその先には、必ずセックスがある。

 中高生をターゲットにしたアイドル産業って「恋の産業」で、これも極端に言えば「セックス産業」だと思う。
 今更な感じだけど、なんか最近、そういうことに気付いたので書いておく。

2006年01月11日

また「はてな」の悪口書いたった

 以前から「とは」表記は気に入らなかったんだけど、今日ついに頭に来て書いた。
 結局「via」なんて英和辞典を調べた方が早かったんだけど。

 やっぱり僕ははてなとの相性が悪いような気がする。
 イメージに過ぎないのかも知れないけど、はてなって「『ネットに強い人』に守られて結構あくどいことをやっているサービス」なんじゃないか。
 はてなダイアリーはブログ以前からあるらしい。やっぱりそれなりにインターネットに詳しい人が集まっているのだろうと思う。そういう人が昔から愛用しているから、あまり表だって攻撃されないけど、ID持ってないと

・ダイアリーにURL入りコメントができない
・ブックマークコメントに反論orフォローコメントができない
・キーワード編集ができない

 というのは、結構あくどいと僕は思う。何が嫌なのかって、そのどれもが「イライラを元にIDを取らせようとしている」ように見えるから。
 「ID取るとこんなに楽しいよ!」っていうのじゃなくて「ID取らないとフラストレーション溜まるよ!」ってイメージだから。

 はてなの住民には、はてなを偏愛している人も多いので、こういう事を書くとまたアレなんだろうな、と思うんだけどね。
 つーかこんな悪口ばっかり書いててID剥奪されないのか?それが心配(笑)
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