2006年04月07日

思考メモ:差別の周辺

ニャー速。 - 2ちゃんねるスレッド紹介ブログ -:妹が知的障害者だけど質問ある?

 ちらっと見る。で、ブックマークコメント。
brainparasite:逆説的に言えば、差別の巣窟である2chのvip板の住民が、一番マイノリティに対する理解があるのかもしれないとか思った。
 いや、違うだろう、と思った。
 つまり「してもいい差別=その場において容認される差別」と「してはいけない差別」がある、ということなのだろうと思う。

 思い出してみれば、僕が小学生の頃、同じクラスに知的障害を持った子がいた。何かの催し物で、劇をやることになって、同じグループにその子が加わった。
 僕は、あからさまにその子をいじめたりはしなかったものの、「こいつは使えない」と本心では思っていて、なるべくその子を排除しようと考えていたように思う。
 これは、屁理屈を言えば「極めて平等な、差別のない扱い」だと思う。普通の子と同じ基準で評価しようとしているのだから。でも、大人になった今「それはいかんよなあ」、「悪いことをしたなあ」と思う。
 でも、多分、というか必ず、今の僕にも差別意識なんてあるんだよ。

 そもそも、「差別」という言葉がおかしいようにも思う。というか「差別はいけない」という考え方がおかしい。「事実誤認」はいけないとしても、何故差別がいけないのだろうか、と思ったりもする。
 差別はいけない、という教育をするから、みんな、希望的観測から「私には差別意識がない」と思いこもうとする。そこから、大きな悲劇が生まれるのではないのだろうか。

 と書きながらも、この話に結論がないのは分かっている。差別とは、事実誤認とは、障害とは、知的障害とは、身体障害とは、先天的な物とは、人権とは、人間としての尊厳とは、それらは何か?
 分かるわけないじゃない。経験も想像力もそんなには無い。であれば、たまに思い出し、考え続けるだけ。

Amazonのマーケティング、崩壊か?

Amazon.co.jpのお客様、

Amazon.co.jpで、以前にオムニバスのCDをお買い上げの方に、この案内をお送り
しています。
(Amazonから来たメール)
 気でも違ったのか?

もしモブログが書けたなら

 落語「淀五郎」のなかで、仲蔵が淀五郎に言う台詞。
 「先輩がやっている演技を、ただ見ているだけじゃあいけない。どんな役でも『自分だったらどうやるだろう』と思いながら見なくちゃあいけない」
 そんなような台詞。

 結局のところ、「できない」と思っている事って言うのは、自分が可能性を閉ざして「できない」と思いこんでいる事なのだと思う。

2006年04月06日

ユニコーンで好きな曲

 急に思い出したんだけど、「ユニコーンで好きな曲は?」と訊かれて「メイビー・ブルー」って答える人って、なんか信用できない。暗に「昔から好きなんだよ」という香りを漂わせようという、なんかそういう意図が見える。

 僕は何だろう?特にユニコーンファンというわけではないし、考えてみればCDは一枚も持っていないけど。
 「雪が降る町」は結構好き。あとは「開店休業」かな。

2006年04月05日

OSが違う、とは?

 少し前、NHKで「数字を立体として把握する人」に関するドキュメントを放送してました。計算とか、ものすごく速い人。
 で、「そんなわけないだろー!」と思うんですよね。数字は数字だろう、と。それが立体に見えるわけないじゃん、と。
 僕たちが持っている「普通の脳味噌」、今僕たちが学ぶ学問は「過去『普通の脳味噌』を持つ人によって編み出された物」なので、そのすべてが「普通の脳味噌」を肯定している。
 すべての学問が普通の脳味噌から生まれた物である以上、普通の脳味噌の範疇の外にある物、つまり数字を立体で把握しちゃうような「普通じゃない脳味噌」を、学問的に正当化することはできない。
 オカルトとか、ピチガイとかって、そういう物なのか、と思った。

 僕たちの脳味噌にWindowsが入っていたなら。MacOSを搭載した人間は間違いなくピチガイ扱いされるだろう。歴史上には、そのようにしてピチガイ扱いされて死んでいった、「普通じゃない偉大な脳味噌」の持ち主がたくさんいるんだろうなあ。

おさる日記

 先日、「やっぱり猫が好き」の「おさる日記」の回を見たのだけど。
 動物園で飼っているチンパンジーが、何百年何千年の間に進化して、人間みたいになったら、人間は、どの段階で「俺たちと同じだ」と判断して仲間に入れてあげるのだろうか?

おさる日記
おさる日記

2006年04月03日

Amazonのおすすめが使えない感じに

 画面が変わったのは、まあテストも兼ねてと言うことでしょう。それは良いとして。
 どうも、しきい値の問題だと思うんだけど、「おすすめ商品」の内容がおかしい。「興味がない」を選択していっても、ノイズが減らない感じ。
 しきい値や、判断基準を変えたのか、あるいは今までと同じ基準ではノイズが除去しにくくないっているのか。
 ちょっとしばらくは、使えそうにない感じだ。

read the mackerel

 たまに、年齢を聞いた時「25歳です」とかサバを読む男がいる。
 ギャグとしてもお寒いことこの上ない。
 それ以前に、「サバを読む男」という存在自体が、僕にとっては気持ち悪い存在であって、男子たる物、「若さ」なんていうものにすがりつくなよ、と思うのでした。一つ歳を取るごとに感慨にふける男とかね、なんなんでしょうか、あれは。

2006年03月31日

ヘリトレで思い出したツナトレ

ヘリトレって面白い感じですね。
で、思い出したこと。高校生の頃、全く別々のAとBを、三段論法のような連想ゲームのような方法でつなげてみる、という遊びがあった。

その代表作のお題は「A:地震、B:遊佐未森」で、

・地震→ゆさゆさ→遊佐未森

だったのだ。思えばひどく馬鹿馬鹿しい。
試しに「A:ブッシュ大統領、B:フセイン」でやってみると、

・ブッシュ→ブッシュミルズ→ウイスキー→アルコール→燃料→石油→イラク→フセイン

になる。こう書いてしまうと面白くも何ともないけど、一人でなんとなく遊んでいると面白いものです。
「つなげるトレーニング」で「ツナトレ」と名付けましょう。

2006年03月29日

それに付随して

何故なのかは分かりませんが、しかし今までもそうだった。
アクセスが急に増えると、記事を書こうという意欲がなくなります。
どういうことでしょうか?
自覚できる、はっきりした理由はありません。
そしてそれなりに、いつも通り物を考えたり感じたりしている。
しかし、それを文字にしようという気が起こらなくなる。
今まで、アクセス津波が押し寄せてきた時に、いつもそのようになったような、そのような気がします。
何故なのだろうか。

名誉なのか不名誉なのか限りなく灰色。

Seesaaのアクセスランキング17位に入った。
色々アレなブログが多いSeesaaにおいて、不正なき17位は快挙であると同時に、こんなランキングに名を連ねているとアレなブログだと思われかねないという恐怖。と言うかそれ以前に、ここのランキング見てる人っているのか?
ちなみに総合ランキング23位

多分今後ないことなので記録。

2006年03月28日

金がないなら俺んとこに来い

バーで、「あちらのお客様からです」って、勘定書が来たら面白いよね。

と、今思いついた。
多分使い古されたネタなのだろうが。

2006年03月27日

J・Jがいた夏

 関西では、「やかましい」を「じゃかましい」とも言うのだが、これはつまり「JAKAMASHII」をドイツ語読みするか英語読みするかの違いである。
 であるからして、スペイン語読みのように「はかましい」と言う地方があっても良さそうな物だ。

 本当に意味のない記事ですいません。

多分「理系の人」がおっこちやすい落とし穴

 いや、僕は理系ではないのだけど。
 会社に入って9年ほど経って、ようやく分かってきたこと。
 いや、厳密には、頭では分かってるんだけど忘れがちなこと。
 「正しいこと」が大きな効果を上げる、とは限らない。むしろ、その逆だ。「正しいこと」は小難しく、受け入れがたく、それゆえに否定され、無視され、結局何も効果を生まなかったりする。
 正しいこと、「理屈として美しい物」から、少し離れて考えてみるような余裕が、多分とても大切。

2006年03月24日

たいへんだあああ

カートに着エロをいくつか入れたおかげで、Amazonのおすすめがエロエロに!
僕は得な性格で、とりあえずカートに入れるだけで物欲が満たされたりします。
トイザらスに行っても、とりあえずカートにおもちゃをいっぱい入れて、店内を一通りめぐると満足してしまう。
で、商品を棚に戻す(笑)

1円も使わずに楽しめる性格です。

神様の形

 旧約聖書によると、神は形を持っている。
 そういえばそうだ。
 つまり、神が存在している前提として、そこには空間がある。
 その空間を作ったのは誰なのだろうか。
 最近なんとなく、キリスト教における神というのは、形のない「摂理」のようなもので、それは数学や科学なのだと思っていたのだけど。
 そういえば神には形があるのだった。

・参考:旧約聖書とは

2006年03月23日

嫌いな言葉:思考停止

 ブログ界には「思考停止」という言葉を使いたがる人が結構たくさんいるのだけど、僕は「思考停止」という言葉が嫌いだ。
 なんでだろうか?
 多分、「思考停止」と言いたがる人の多くが「思考停止=良くない事」という思考停止に陥っていて、さらに自分が思考停止している事に気付いていないからなんだと思う。
 止まる事は悪くない。
 どこまで動き、どこで止まるか?いったん止まった後、再度動く余地はあるのか?そんな事が大事なのだと思う。

何をしたって誰かには嫌われるのだ

tapestry @ Hatena - イケメン採用について
・僕はこれを読んで、「気持ち悪いなあ」と感じた。
・で、この記事を「気持ち悪い」と感じる僕は、なんと神経がひねくれ曲がっているのか、とも考えた。

・「結局、何をしたって誰かには嫌われる」というのが僕の基本的な考えです。
・正しい事、良い事をしていても、それを不快に思う人は絶対に居る。
・ただ、正しい事は「批判するべき事」ではない。それを正しいとしている社会において、それは「受け入れるべき事」である。
・だから表だって「気持ち悪い」と言うのははばかられる。

しかし、「気持ち悪い」と思っている人は、必ず居る。
・何をしたって、どんなに良い事をしている人だって、誰かには必ず嫌われたり、鬱陶しいと思われたり、ねたまれたりしているはずだ。

・だから、「人に嫌われる事」を過度に恐れるべきではないと思う。
・人に好かれるために生きる事はむなしい、と感じる。

2006年03月20日

友達に貸した「ハットリ君」は、友達の母親に捨てられた。

 ここここをちらっと見て。
 大事にしてる物を嫁に捨てられたら、その時は凹むだろうし怒るけど、別にその後は気にしないなあ。
 「昔ああいうのを持っていたなあ」と思い出す事はあるだろうけど。
 僕は物持ちの良い方だけど、そして物に対する執着心が強い方だと思っていたけど、実はそうでもないのだろうか?
 捨てられようが燃やされようが、「かつて持っていた物」は「自分の一部」の様になっていて、物が無くても別に良い。
 プッチの時計じゃないんだから。
 それは、先日書いた「捨てることとか」に関係するのだろうか。思い出のある物を、敢えて捨てた思い出。それは確かに寂しい物だが、「捨てなければよかった」とは決して思わない。
 物っていうのは、所詮過去なんだよね。未来に向かって、これから生きてゆくにあたって「絶対に必要な『物』」なんて、ほとんどないのではないかと思う。あったとしても、その多くは「形のない『物』」なんじゃあなかろうか。
 僕は、自分の脳味噌と、本と、紙と鉛筆さえあれば楽しく生きてゆけるんじゃないか、と思うのです。

2006年03月17日

えるすけの法則02

「よかれと思って」取った行動が、よい結果を生み出した試しはない。

ノンテリブロガーの主張

・論壇系ブロガー、インテリブロガー、そのほとんどが嫌いだ。

・何が嫌いって

・彼らもポカをする。感情的に、ヘンテコなことを書いてしまったりする。
・それにツッコミが入った時の、奴らの言い分が嫌いなのだった。
・「そんなことは書いていません」、「誤読だ」、「よく読め」
・本気でそう思っているのであれば、彼らのコミュニケーション能力に欠陥があるのだと思う。
・しかし、彼らは多分、本心では「やっちゃったかな」とか「書きすぎたかな」、「誤解を受けるような事書いたな」とか思ってるんだよ。
・でも、インテリ故にそれを認めない。
・「そんなことは書いていません!よく読んでから反論してね!」である。

・僕は知識もないノンテリブロガーなので、そういう時はごまかしてしまう。
・「そういう意味じゃなかったんだけど、ごめんなさい、エヘヘ」と。

・謝らないインテリってのは、アホにとって一番恐く、始末に負えない存在なのだった。

・Leftyさんの反応を受けて、思い出したので。
■参考:日本人とブログと議論

2006年03月16日

悲しい時01 - mixiで悲しい時

日記が読みたくてマイミクシィにしてもらったら
「外部ブログを使われています」だった時ぃ

えるすけの法則01

誰かが「深いなー」と評価する物事が、深かった試しはない。

トライアングル

「そんなことだから君は、いつまで経ってもトライアングルなんだよ!」

で、思い出したんだけど「トライアングル」って、いくらなんでもひどい名前だよね。
だって「三角」だよ。
「三角」って楽器の名前はないだろう。

やっぱりシティボーイズ入門に最適なDVDは「愚者の代弁者、西へ」ですな。留守電の録音で一番こわいのは「ヒトゴロシ!」ですよね。

2006年03月15日

つまり「卑怯」になりたくないのだ

jkondoの日記 - レッテル
 この日記、「なんだよこれ?」と思ったんだけど、思い出したのがこれ。
堀江さん|渋谷ではたらく社長のblog
 これを読んだ時も「なんだよこれ?」と思ったのだ。
 ブログをやっていると、関わりのある事件とか疑惑に対する「ノーコメント」ができないんだなあ、と思う。
 ノーコメントは「卑怯」だと思われるような。
 でも、多分本人には話したくないようなことだったりして。
 そういう時に、人は歯切れ悪くなり、変なことを、「こいつ何書いてんだよ」と思われるようなことを、書いてしまうのではないか。
 そういう意味では、有名ブロガー、特に論壇系有名ブロガーって大変だなあ、とか思う。

2006年03月10日

web上で初めて「テッテ的に嫌いな人」と遭遇

 考えてみると初めてだ。
 いつもあーだこうだと悪口ばかり書いている僕ですが、web上で「こいつは絶対に嫌いだ、合理的な理由などない、生理的に大嫌いだ」と言う人を見かけたことがない。
 先日、そういう人を見付けてしまった。
 文章だけを読んで、「うへーーー、この人は最低の人間なんだろうなあ」という。
 ここが気に入らない、ここが気に入らないという「部分」がいくつもあるんだけど、その一つ一つが実に気にくわない。「僕の偏見に基づいて」「感情的に」気にくわない。

 「ばーか」と思うことはあっても「きらい」と思うことの少ない僕です。そして、人の「部分」を嫌いになっても、全体を嫌うことの少ない僕です。
 でも、やっぱり絶対に嫌いな人っているんだな。

※珍しい体験だったので、記念として書いた記事です。
※多分、その人はここを読んでいないと思いますので、多分、あなたではありません。

「不知火検校」の音楽

 映画「不知火検校」の音楽で使われている楽器。テルミンのような、奇妙な音色。
 オンド・マルトノだと思ってmixiのコミュニティーで質問したら、「クラヴィオリンではないか」という回答を頂きました。
 クラヴィオリンという名前は初めて聞いた。画像が見つからないのですが、形状としてはオルガンのような物らしい。
 勉強になりました。

・参考(mixiコミュニティー。会員制):[オンド・マルトノ]映画「不知火検校」の音楽

 ちなみに映画「禁断の惑星」にも電子楽器が多く使われていますが、こっちは効果音的な物で、メロディーは奏でていません。

音楽の嗜好を定量的に表現すると

 音楽のレビューを書く時に重要なのは、やはり「その人のプロフィール」になると思う。
 それを、わかりやすい形で表現するにはどのような方法があるか。
 一番簡単なのは、所有しているCDの枚数と、その内訳でありましょう、ということで、ものすごく大雑把なのですが一応メモ。

・持っているCDの枚数:700枚
(持っているレコードの枚数:100枚)

■ジャンル別枚数
・テクノ:100
・テクノポップ:50
・ハウス:70
・ヒップホップ:30
・ファンク・ディスコ:30
・ソウル:50
・ジャズ:70
・邦楽:100
・プログレッシブロック:30
・モンド:70
・落語:50
・その他:50

 適当な記憶を元に書いてみました。近日中に、実際に数えてみたいと思います。
 面倒臭いけど。→数えてみました

・参考:BLOG STATION:良いレビュー・悪いレビュー(2)〜音楽編
 ここを読んでいて、思いつきました。

2006年03月08日

求めよ、さらば与えられず。

・僕は「めんどくさい女」が嫌いだ。
・というか「めんどくさい人間」が嫌いだ。
・具体的に言うと「私に愛情をください」と言葉や表情で表現する人間が嫌いで、そういう人間とは一切関わるまい、と思う。

・「私のことか?」と思った人がいるかも知れない。

・しかし、多分、あなたのことではない。

・私が嫌うのは、そういう「自覚症状」のない人間だから。
・自覚せずに「愛情をください」なんて表現ができるのか?できるでしょう、「自分は愛されて当然」だと思っている人間なら。

・赤ん坊の頃は、どんな人間でも当然のように愛される。
・しかし、だんだん「自分が自分であると言うことだけで、愛されるわけではないのだな」という事に気付く。
・「愛されるためには、自分はどうあるべきか」を考えるようになる。それが、自立について考える始まりなのかもしれない。

・中には、そんなことを考えずに大きくなってしまう人がいる。
・そういう人は、無邪気に「私を愛して」と言う。

・そういうアホに、私は近づかない。

2006年03月06日

最近の「良い本」

東京スーベニイル手帖
東京スーベニイル手帖―ぼくの伯父さんのお買い物散歩ブック


 沼田元気の本の中でも適度に「実用的」で良い本。
 東京各所の、おみやげ屋さん、ケーキ屋さん、和菓子屋さん、文房具屋さん、本屋さんで見付けた、お土産のカタログ。
 王道ではなく、しかし「いやげ物」でもない、ぎりぎりのライン。贈る人・贈られる人を選ぶ、素敵なお土産。
 やはりまだまだ、東京は魅力的な場所だと思える本。

2006年03月03日

思考ログ簡略版

・物事はどんどん複雑になる。
・しかし、それは単純な物の絡み合いや重なり合いでしかない。
・複雑な物は、細分化すれば単純になる。
・細分化という作業は、比較的容易だ。
・もっと重要で難しい問題は「単純な物がいかにして成り立っているか」と言うことだ。

・私がこわい人で、絡むのには勇気が要る、というのは、以前から承知している。
・「こわい人」であることを売りにするほど、僕は良い人ではなく、大人でもない。
・しかし、それはそれで僕のキャラクターなので、ある程度肯定的に受け止めている。

・要らん批判はするなという意見もある。
・しかし、僕は言わなくても良い場でも「これはつまらない」と言う。
・正直に「つまらない」と言わない人の、「これは面白いよ」という言葉は信用に値しない。
・「おいしい」と「まずい」と同じだ。
・テレビに出てくるレポーターの「おいしい」という言葉を、誰が信用するのだろうか。

・他人のブログのコメント欄に、何度も何度も細切れに持論を投稿している人がいた。
・垂れ流すんなら自分の家でしろ。他人の家の床の間でウンコするな。
・自分の家がないのなら、公衆便所に行け。

・「わかる」と「わからない」のはき違え。
・「言っている意味が分かる」と「言っている内容が受け入れられる」は違う。
・私は前者のみ満たせればそれで十分だと思う。

・「あなたの考えていることは私にはよく分かる」と言いたがる人がいる。
・多分、その人は嘘つきだ。
・分かるわけがない。
・僕は、真剣に考えるほどに「僕はあなたではないから、分からない」と言ってしまう。
・真剣だから言うのだが、それは相手には伝わらない。
・一度、ひどく怒られたことがある。
・それほどに、他人の考えていることなど分からないものなのだ。

・物わかりのいい大人ほど、信用できない。
・子供に対して「一緒に勉強しよう」「一緒に考えよう」と言う大人の目的は懐柔であろうと思う。
・大人は「こうなんだ!バカヤロウ!」と言わなければいけない。
・しかし、大人だって悩む。
・しかし、大人は、子供と「一緒に」は悩まない。それが大人というものだ。

・いくぶん意識的に保守的であろうと思う。健全で無邪気なナショナリストという一面があっても良かろうと思う。
・しかし、知識なきナショナリストは蛙である。

2006年03月02日

「童貞」と「ロリータ」はほぼ同義ではないのか。

 2年前、鈴木杏の写真集を見て考えた。
 女の子には、三つの自分像がある。

・自分から見た自分像(思い込み)
・他人から見た自分像(現実)
・こうなりたい、という自分像(理想)

 その三つのバランス(主に前の二つのバランス)がうまく取れない時期、それが「ロリータ」と言われるような時期なのだ。そんなことに気が付いた。

 考えてみれば、みうらじゅん言う所の「童貞」も、同じような物だ。

・思い込み:俺は本当はもてるはずなんだ
・現実:でももてない
・理想:もてたい


 そんなような感じ。その三つのバランスが崩れている時期こそ「童貞」という季節である。
 ロリータが美しく思えるのに対して、童貞が滑稽なのは何故だろうか。
 女の悲劇が厳然と悲劇であるのに対して、男の悲劇は喜劇である。という言葉を聞いたことがある。そのような物だろう。

D.T.
D.T.

誤読もまた佳し・男と女の「選択」

 「明けぬ夜の夢」というブログが好きだ。いや、好きではない。好き=心地よい、という意味では違う。しかし、自分にとって重要な存在を好きというのであれば、好きなのかも知れない。
 まわりくどい言い方をしたけれど、つまり、僕にとって大事な存在のブログだと思う。ここを読むと、嫁のことを思う。そして、色々と反省をしたりする。読むたびに、痛い。だからこそ大切な存在のブログだったりする。

 で、誤読。
「好きとやりたいの違いが分からない奴って、案外多いものなんだよ」
・女にとって、学校を卒業した後、会社で仕事をするというのは「選択」だ。
・対して、多くの男にとって、仕事をするのは「成り行き」だ。
・だからこそ女は、仕事を選び、仕事を一生懸命する。
・「選択」であるから、その時女は好きなことか、やりたいことか、よく考える。
・でも、男は、そこまで考えなかったりする。

・あ、仕事の事じゃないのか。

・そっちの「好きとやりたい」については、 なんとなく答えを持っているけど、でもそれはなんとなく。何が正しいのかはよく分からないし。
・大事なのは、今、好きなのかやりたいのかじゃなくて、未来のことだとも思う。

2006年03月01日

バカチク・Bボーイ文学

スチャダラパー、
Schadara-Paをフランス語っぽく読むと「シャダパア」になって、
それをもっとフランス語っぽく読むと、いつの間にか「シャラポワ」になる。

ひとり連合軍

うわ、ここまで出ちゃったらもう終了ってかんじだ(笑)

シナトラ千代子 - 日本ブログ犬協会設立のお知らせ
 スネークマンショーっぽい。

 あとはどんなの?
・「日本ブログ協会」について考える会
・ブログ自由解放戦線
・摩阿陀ブログやってるの会
・ブロギスト革命連合

大黒様は誰だろう

「イナバウアー」って、日本人の「因幡さん」が作ったのかと思ってた。

「自己批判」がマイブーム

 なんとなく、自己批判や自虐記事がマイブームな感じです。

 多分最初は「Seesaaブログセレクションに勝手に選ばれた。」で、権威を愛する故に権威に反するんだ、というような自己矛盾を表出させたのですね。それが昨日の「国際ブログ協会設立および会長就任のお知らせ」につながる。
 いわゆる「人気のあるブログ」は面白くないという考え方があって、ブログブームなんて関係ないと思いながらも、実は流れに乗りたくて乗れないんじゃないかという杉山状態。
 本当はもてたくてバンド始めたのに「ヒットチャートなんてくだらねえ」と言っている高校生のような。

 特にここには自虐的な事ばかり書いていますね。
 「ブロガー崩れ」なんかものすごい「メタ自虐」というか。あれはさすがに書かない方が良かった記事かも知れない、と思うけど、あれもまた自分の弱みなんだよなあ、とか思う。

テレビと同じ

やっぱりラーメンは数字取るなあ。

ラーメンの話を書いたら結構な数のコメントを頂きました。
ありがとうございました。
行ける所からチェックしていこうと思います。

日本ブログ協会ネタも豊作。
みなさん「ネタ」が好きなんだなあ。

アクセス数はそんなに大きく変わらないのですが。
何気なく20万ヒットに(10万ヒットが2005/10/31でした。1日800PVっていうのは、まあこんなものか)

2006年02月28日

気になったコメント

はてなブックマーク - はあちゅう主義。:小娘が何か言ってます。
 ここのtinkojiさんのコメントがエロい。
「この子、いらん入れ知恵されまくってるんじゃないかなあ。」
 エロい。

 それはともかく、例の記事がここまでクサされるのは、はてな市民の多くが「つべこべ言わずに〜しろ」、「若い頃の苦労は買ってでもしろ」、「俺の若い頃はな…」こういう台詞や考え方を嫌っているからだと思いますよ。

 ところで、なんで人を殺しちゃいけないのか説明してください。

羞恥心と潔癖

はてなブックマーク - 気ままな1人暮らし♪ヽ(*^∇^*)ノ*:・'゚☆:パクリ??
 パクリ礼賛記事への反応。当の記事は、
Yahoo!ブログ - 気ままな1人暮らし♪ヽ(*^∇^*)ノ*:・'゚☆
 いつの間にか非公開になっていました。

 「『一般的な考え方』に反するような記事」を書いた場合、そこに辛辣な意見が集まる事は覚悟しておくべきだ。だからこそ、そのような記事は有用であるとも思う。
 集まった批判や罵倒・嘲笑は、甘んじて受け止めるべきだ。
 罵倒や嘲笑を受け入れろとは言わないが、参考にはなる。腹は立つけど「なるほどなー」と思っておけばいい。

 それに対して、記事を非公開にするなんていうのは、恥ずかしい行為だと思う。その他にも、例えばコメントや反論TBを消したりする人がいるけど、ああいうのは「恥ずかしい事」だ。

 「恥ずかしい」の尺度は個人で違うだろうけど、僕は「反論されたら消す」なんていうのは、Web上での恥ずかしい事の代表だと思うし、それは共通認識として持つべきだと考えています。

 僕は善意ベースでWeb論をぶつ人が苦手です。それらは理想論に走りがちだから。
 ベースになり得る善意とは「羞恥心と潔癖」によるもの、とりあえずそれくらいでしょう。

2006年02月27日

長文が書けないとコンプレックスを持っている方へ

1.ブロガーAへの罵倒記事を書き、トラックバックを送る:これを記事Tとする。

2.Aから反応がある:これを反応Tとする。

3.記事T+反応T+罵倒T(新たな罵倒)を記事にする:これを記事Uとする。
※この場合の「新たな罵倒」の内容は、必ずしも新しくなくても良い。つまり、記事Tにおける罵倒の繰り返しでも良い。

4.Aから反応がある:これを反応Uとする。

5.記事U+反応U+罵倒U(新たな罵倒)を記事にする:これを記事Vとする。
※改めて言うまでもなく、この罵倒は、罵倒Tと同様でよい。

あとは4〜5の繰り返し。Aがリアクションを返さなくなるまで続く。
※特にAが有名ブロガーである場合、他のブロガーからもリアクションが入ると思われるので、それも自由に取り込んでしまえばよろしい。
※また、リアクションが無くなったとしても、同じ記事を何度もアップすれば可。複数のブログサービスに同じ記事をアップすればなお良し。

記事n=記事T+反応T+罵倒T+反応U+罵倒T+反応V+罵倒T+...+反応n+罵倒T
こんな感じになります。

この方法の斬新な所は、
■「今までの論議をふまえての論議」ではなく「一つの記事に今までの経緯が含まれている」と言う所。つまり一見さんに優しい。
■記事が自己増殖を繰り返し、自分の主張がなくても繰り返しでどんどん長文が書ける=馬鹿にでも書ける。
■罵倒の内容は常に同じなので読まなくても良い。つまり「読むのが苦手な読者」に優しい。

実に画期的です。イーハァ!

2006年02月24日

ブロガー崩れ

 kanimasterさんのブックマークコメントに「ブロガー崩れ」という言葉が登場。素敵だ。
 なんというか「自費出版崩れ」的な、しかしそれでいてライトな感じ。

 僕が爺さんになった時、公園で小学生に絡み、僕は杖を振り上げて言う。
 「わしは、昔はインターネットの人気者だったんじゃー!」
 うわ、、、そんな年寄りにはなりたくないぞ。

2006年02月23日

若者を叩くオジサンたち

 「学生さんのブログにいい年した大人が大挙して押し寄せ、学生さんのプライドをずたずたにする」というような光景を良く目にします。

 その「いい年した大人」は、ある組織に所属しているわけですけどね。
 表向きは「若い頃に挫折を味わわなければ、ろくな大人にならないから」という理由で学生さんを叩く。
 でも実際の所、「俺はこの若者に超えられるのではないか」そんな不安から、若者を責め立てるわけですね。二度と立ち上がれないまでに、やっちゃうわけ。
 その組織「若い芽を摘む会」。もちろん私も正会員ですが。

 そんなわけで、プライドに満ちた若者が、完膚無きまでに叩き潰される、なんてのは「よくある光景」である。
 でも、少し考えてみた。逆のケース。
 「いい年したおじさんのプライドが、ずたずたになる」これは恐ろしいことだね。笑えない。でもおじさんになると、馬鹿にされていることにも鈍感になる。老化に伴う鈍化は、やはりあった方が人生幸せだな。

2006年02月21日

「そういう人」がいないから、「そういう人」になろうかと思う

「年長者の言うことは聞け!・上役の言うことは聞け!・立場の強い物の言うことは聞け!」

「なんで?」

「なんでもヘチャチャもあるか!バカモン!」

 こういう風に言える人が少ない。特にweb上には。くだらない屁理屈や正論を振り回す人間が多すぎる。
 だから僕は、なんとなく権威主義者っぽくなっても良いかな、などと思う。
 でもそうなるためには、私には権威と呼べる物がない。
 誰か私に、権威をください。

2006年02月20日

記録しておくべき事

 Google検索しても出てこないので、書いておくと、丸美屋はかつてタコライスの素(レトルト)を販売していた。パッケージには、ソンブレロを被った男の子のイラストが描かれていたが、その男の子の名前は「タコス・マッルミーヤ」と言ったのだよ。覚えておくように。

2006年02月17日

死ぬまでに言いたい言葉・言われたい言葉

以前、死ぬまでに一度言いたい言葉として、

「いえ、人間として当然のことをしたまでです」

というのを挙げたのだけれど、言われたい言葉。

「破廉恥」

いいなあ、言われたいなあ、ハレンチって。
学校の先生が置換して「ハレンチ教師」とか見出しが付くけど、あれは「ハレンチ学園」を意識してるのかな。してないか。

音楽

・最近音楽を聴いていない。

・車の中では、「水曜どうでしょう」DVDの副音声を聴いている。
・どうでしょうのDVDの副音声は、二人のディレクターと大泉洋・鈴井貴之による作品解説。
・作品解説というか、「だべり」だな。
・副音声での解説って、大抵は面白くも何ともないのだけれど、どうでしょうのそれは、時に本編より面白い。

・あ、音楽の話だ。
・そんなわけで、車の中でも音楽を聴かないのであって、もう全然聴いていないのだ。

・今一番聴きたいのは「GOLD BLEND」なのだけれど、嫁に貸している。
・いまいち気分が沈んでいるのは、音楽を聴いていないからなのか、と思う。

2006年02月14日

大ハンドルと小ハンドル

LSTYって書くより、lstyって書いた方が、「優しくていい人」に見えるかな?

クサするのにも力と愛情は必要だということ

 とある「初心者のためのブログ入門」みたいな所を読んでいて、おそろしく違和感を感じていて、なによりその広告代理店的な姿勢、一億総ブログ化みたいな態度が大嫌いなわけです。
 文章が書けなければ他の方法で表現すればいい。表現の仕方なんていうのは、手取り足取り教わるものではない。まずは真似してみて、そこから広がってゆくものだ。
 ブログの書き方なんて「HowToを読んで勉強する」ものではない。自分がして欲しいことを人にする、読む人のことを考える、それが基本で、それができない人のブログには人が集まらない。コミュニケーションや恋愛と同じだ。
 例えばテレビの企画で、ださい男をかっこよく改造する、なんて言うのがある。その場では、髪型を変え、服装を変え、かっこよくなる。でも多分、彼はその後、もてない。

 まあそういうことを思うのだけれど、どうせ代理店頭には届かないだろうからトラックバックを飛ばす気にもならない。
 そのブログの被はてなブックマーク数を見ても、大部分の人が「クサする価値もない」と判断している感じ。

 だいたいその「毎週月曜更新」っていうのがさ、前時代的だと思うよ僕は。
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