2008年02月15日

三年前の秋の句(付、夏の句)

ブログ句会・6 - BLOG STATION
 ここに投句した俳句。たまに思い出して探して読んでは「ああ、今の僕にはこういう俳句は書けないなあ」と思う。自分でも好きな作品なので、ここに転記しておく。

月見えぬ空も優しき秋の夜

消えていた電球を替え秋一人

妻笑みし夢から醒めて秋の夜

雨上がりきんもくせいの匂い立つ

秋雨に四合瓶と帰る夜

吾が影と二人で帰る秋夜道

 こっちには夏の句を投句していた。

寝返りてひやりと伝う夏の汗

花腐し さまで雅趣なき 我が厨(くりや)

2007年07月04日

7/4あの日あの時

■2006/7/4のわたくし
桂三枝が登山をしていて「アイゼンかつら」という駄洒落を思いつく。
 吹き出した。

2007年05月30日

5/30あの日あの時

■2004/5/30頃のわたくし:引き籠もり
■2005/5/30頃のわたくし:飲んだくれ
■2006/5/30頃のわたくし:健康マニア
 3年並べてみると、この3年で僕の生活スタイルが随分変わったものだと感心する。基本的には良い方向に変わっていて、ただ現在の状態は2006年と2005年の中間くらいで、すこし悪化している感じ。

 たとえば普段の生活の中で、「君はこの3年で何か変わったか?」と訊かれると答えにつまる。しかし、こうやって3年間の日記を並べてみると、その変化の大きさに驚いてしまう。
 日記は、自分自身を時系列で相対化してくれる。こういう時に「日記をつけていて良かった」と思うのでした。

2007年04月09日

4/9あの日あの時(春の一日)

■2005年4月9日のわたくし
他人の不幸は蜜の味: 4/9日記(交差する飛行機雲)

■2006年4月9日のわたくし
他人の不幸は蜜の味: 4/8-9日記(夜桜)

 春です。
 この時の空気の感じなんてものはなんとなく思い出せるけれど、この時何を考えていたのか、なんてことは今となっては分からない。もっと遡って子供の頃、僕は何を考えていたのだろうか?それももちろん思い出せない。

2007年03月16日

3/16あの日あの時

■2005/3/16のわたくし
3/16日記(昼モスバーガー、夜そば)
 この時期、あったかかったんだ。今年は暖冬と言われてるけど、3月に入って寒い。
 ベッカーズのことは、つい最近も思い返したんだよなあ。昔の日記を読んでいると、どういうわけだか毎年、同じ時期に同じような事を思い出したり、考えたりしていることに気付く。特に季節と関係のないことでも、そういうシンクロがあるように思う。これはどういう事だろう。面白い。

■2006/3/16のわたくし
3/15日記(捨てることとか)
 ものすごく感傷的な文章。これは、今読んでも泣きそうになる。ドラえもんなんかでもそうだけど「おばあちゃん」という響きや存在は、気持ちの中のすごく深い所につながっていて、とても敏感になってしまう。

トライアングル
 見たまんまを名前にされるのはさすがにひどい。

□2006/3/16のブックマーク
官房長官発表「Winnyを介した情報漏えいについて」:コメント→違法利用者を割り出して片っ端から捕まえれば、利用者は確実に減る。それをせずに「お願い」してしまったと言うことは、結局公安の無力さを露呈させる結果に終わったのではないのか。

 法律が法律じゃなくなってるというか、そういう感じは最近、特にする。

2007年02月16日

2/16あの日あの時

■2005/2/16のわたくし
北朝鮮産のアサリに思う「出身地表示」
秋葉原をアキバと呼称することについて

 豆知識系ふたつ。

■2006/2/16のわたくし
2/16日記(結局何が欠落しているのか分からないが)
 今日、偶然この頃の日記を読み返していて、あまりのクオリティーの高さに驚いた。この当時の僕の日記はめちゃくちゃ面白い。いろんな事を考えてたんだなあ、と思う。特にこの記事のコメント欄。
双方向性を持ったコミュニケーションというのは、同調をベースにした比較的つまらない物になりがちなのでしょう。
 なんかすごい諦念を感じる。今の僕は惰性で書いているので、こういう真面目な悩みを持たない。
 恐らく1年前と比べて今のブログ界の方がつまらないと思うんだけど、もう僕は本格的にあきらめてしまったのかも知れない。

2007年01月17日

1/17あの日あの時

■2005/1/17のわたくし
「矢野顕子のアルバムで、どれが一番好き?」
 「ライブ盤」という物を好まない僕ですが「一発録音」は好き。なにが違うんだ、という感じもするけど。「愛のあるグルーヴ」っていう文脈で言えば矢野顕子のこのアルバムと、スライストーン、マーヴィンゲイあたりは必須。

■2006/1/17のわたくし
1/17日記(はっぴいえんど「風街ろまん」)
 偶然にも翌年は、はっぴいえんどの記事を書いていました。
・はっぴいえんどは「日本語ロックの始祖」と言われているのだけど、「始祖だから評価するべき」というようなヘッポコなものではない。
 そういえば昨年、建築について研究している知人が「学問的には『その建築自体が優れているか否か』は大した問題ではなくて、『建築史の中でどういう意味を持つか』が問題だ」という事を言っていた(違ったらごめんなさい)それを聞いて僕は「それはそうだろうけど、なんかつまらない」と思ったわけです。
 「記念碑的な物」と「いつまでも素晴らしい物」は違う。しかし、なにか新しい物が始まるということは、それだけで魅力的にも思える。

□2006/1/17のブックマーク
小さなトカゲ展 〜LSTYのブックマーク〜 / 2006年01月17日
[コメントした]これが僕にできることだから、と思ってコメントした。弱っている人には、できる限り具体的な事を言いたい。
 悩んでいる人に対して内容のない言葉であっても「とにかく言葉をかけることが大切だ」と考える人と、「具体的なアドバイスでなければかける価値がない」と考える人がいて、僕は後者です。webというのは実社会と比べて「暖かい言葉がかけられやすい場」のようで、それだけに「暖かい言葉の価値」なんて無いようにも思える。
 こういう考え方、「良かれと思ってかけた言葉でも、内容が無くては価値がない」という考え方ができるのは、僕が冷たい人間だからであって、それはそれで良いのじゃないかと思うのでした。

2006年12月11日

12/13あの日あの時

■2004/12/13のわたくし
上海旅行記:上海蟹レビュー
上海旅行記:小龍包レビュー

 2年前の今頃も蟹を食べていたのか!今年も蟹を食べに旅行してました。
 その他にもいくつか記事を書いていました。
上海旅行記:豫園のヘンテコな仏像
上海旅行記:セクシー上海
上海旅行記:鹿児島名物「しろくま」発見

■2005/12/13のわたくし
ネット社会での生き方
 結局、この時思っていた通りにwebは窮屈になっている。この1年でそういうことをいろいろ思った。
 一般的には炎上というのが挙げられるのだろうけど、少なくとも僕にとって炎上という現象は大した物ではなくて、つまり言論封殺を狙ったアホによる荒らし行為や炎上は、結局言論を封殺できないだろう、と思うのでした。
 じゃあ何が言論を殺すのかというと、この記事に書いたような「クソの役にも立たないけれど、当人達は至って真面目な『議論』」なんだろうなあ、と思う。
 自称「言葉を大切にしている」人たちによる言論活動こそが、言論やメディアを浪費している、と僕は感じています。朝日新聞のキャンペーンなんかを見てても、結局言論を蹂躙しているのはこういう人たちなんだろうなあ、なんて事を思うのでした。

2006年11月30日

11/30あの日あの時

■2004/11/30のわたくし
あたし、いつまでも「水曜どうでしょう」が好きなだけの男の子でいたくない。「水曜どうでしょう」が好きな自分に、甘えていたくないの。
 いや、この言葉が面白かったので。今ではそうでもないですが、この頃は大袈裟でなく毎日どうでしょうを見てたなあ。2004年の下半期だけでもしかしたら300時間近く見てたかもしれない。

■2005/11/30のわたくし
忍者キャプター
 北京オリンピックのキャラクター、僕はいまだに忍者キャプターだと思ってるんだけど、同じような意見は聞いたことがない。

□2005/11/30のブックマーク
sta la sta - 社内ブログが失敗する7つの理由
・コメントにもあるけれど、ナレッジマネジメントはなぜ失敗するのか?を考えなければいけない。だけど「ナレッジマネジメントにはすごい可能性があるよね」と考える人がそれを想像するのってすごく難しいのだと思う。
・「これすごく面白そう!」って言ってる人と、「そんなのつまんねーよ」と言ってる人の間の溝。

2006年11月17日

11/17-19あの日あの時

■2004/11/19のわたくし
 この「良いブログを作るために、こんな逆説を知っておくべきではないのか」というのは、僕が、自分の書いたブログ論の中で一番好きな記事。
更新頻度が高いブログ
話題豊富なブログ
画像いっぱいのブログ

 1日にこれだけの記事をアップしてたんだ、我ながらすごい。この3つの記事というのは言わば「ネタ」であって、あんまりそのまま受け取って欲しくないというか、つまり物事の表裏を書きたかったのです。
ブログは「目的」を持って始めてはいけない。
 最近書いたこの記事も同様。一般的に言われている「ブログとはこうあるべきだ!」という考え方、それは果たして本当に正しいのかとか、反対側から見るとこうも言えるんじゃないか、とか。更に僕がいつも気にするのは「ブロガーとしてはこうだけど、読者から見たら違うんじゃないの?」とか。

■2005/11/17のわたくし
 19日の記事がないので17日のやつ。
一流企業はブログで成功できない(企業ブログ論pt2)
 1年経った今も、こういうのは全然変わっていない。多くの企業は、というかほとんど全ての企業が新聞テレビ週刊誌からwebへ、という変化に対応していない。対応どころか、それがどう違うのかに気付いていないし、もっとひどい場合には、それが違う物だ、ということすら意識していない。
 「分かってるよ、双方向だろ」なんて言う人に限って分かっていない。
 企業の広報とwebについては、ここのコメント欄に書いたことがキーになるんじゃないかな、と思います。
 ジャックレモンが「酒と薔薇の日々」で、ある会社の広報担当者を演じています。彼は「広報ってどんな仕事をするの?」と訊かれ、「会社が何か良いことをした時、それを大々的に発表するのさ」と答える。
 さらに「じゃあ、会社が『悪いこと』をした時にはどうするの?」と訊かれ、彼は困ってしまう。

2006年10月19日

10/19あの日あの時

■2004/10/19のわたくし
サイドバーを整理 (いらないものを削除してきれいにしました)
■2005/10/19のわたくし
サイドバーを整理 (ブログ読者とトップページのデザイン)
 2004年・2005年と同じ日に同じ事してる!偶然なのか、過去記事を読んでいて思い当たったのかは不明ですが、記事の内容としては2005年の方が面白いですね。「常連よりも一見さんを大事にしろ」という考え方は、自分で読んでもちょっと面白い。
 ブログを書くにあたって、その書く内容というのは常連読者を意識するべきだと思う。それは馴れ合い色を濃くするとかではなくて、また読もうと思ってもらえるような記事を書くべきだ、と思う。
 しかしデザインというのはまた別の話であって、そういう認識しやすい物については一見さんを強く意識するべきだと思う。
 僕がよく「webデザインにいわゆる『デザイン性』なんてものは不要で、標準的な物に沿うべきだ」と書くのもそのせい。この意見はデザイン好きな人には支持されにくいわけだけれど。

 しかし、今のサイドバー構成も基本はこの2004年・2005年に固まってるんだなあ。最近ほとんどデザインはいじってません。

□2005/10/19のブックマーク
Degree Confluence Project Composite World Map
 コメント:[石川初さん][画像]世界のいろんな所で撮った写真
 写真の分布が面白いねえ。アジアからヨーロッパにかけての線とか。

水曜どうでしょう祭レポート4:初日昼の部のトークショー : Site.M from 新所沢 -北国tv
 詳細レポート。

2006年10月17日

10/17あの日あの時

■2004/10/17のわたくし
・携帯から酔っぱらって投稿してる感じ。

■2005/10/17のわたくし
食べ物三景、その言葉にできないニュアンス。
 この記事良いなあ。その風景自体が僕の頭の中に残っていて、だから良いと思うんだろうけど、この記事の雰囲気、言葉で説明できない感情。こういう文章が自分にも書けるのだなあ、と思った。今書けと言われても書けない。

□2005/10/17のブックマーク
30女の芸能界の噂大好き!: 更新再開のお知らせ(リンク切れ)
 コメント:[精神]「自分は何も悪くないけど、相手が怒ってるから謝っておこう」という、そっち系の人にありがちな謝罪だった
 詳細は覚えてないんだけど、芸能プロダクションの社長さんのブログ。盗作だかなんだかで揉めて、閉鎖宣言→復活宣言、さらに関係者が揉め事に関する極めて感情的な記事を別ブログに書いて再炎上、という、今考えても非常に華麗な炎上事件だった。
 で、今日見たら消えてた。また揉めて閉鎖したんだっけ?

2006年10月05日

10/5あの日あの時

■2004/10/05のわたくし
二十歳を過ぎた落語入門
 僕が初めて落語に触れたのは確か小学校三年生の頃で、どういうわけか親が買ってくれた柳亭燕路「子ども落語」という本。これが初めてでした。「雑俳」みたいなのが好きでした。中学校くらいになると、親が持っている落語のカセットを借りて、それを聴きながら寝るという毎日。落語を聴きながら寝るという生活習慣は今もそのままです。
 で、大人になって思うのはそういう蓄積の貴重さ。落語によって得た知識というのはかなり膨大なわけです。古い用語や、東西の方言、江戸期の風俗、芝居に関すること等々。こういう事を小学生からずーっと積み上げてゆけたというのは幸運だと思っています。
 では逆に、大人になってから落語を聴き始めるというのはどうなんだろう?と思ったのですね。かなりきついだろうと。例えば、有名だからと言っていきなり志ん生師匠に行っちゃうと、これはもう無理なんじゃないかと。じゃあ、何から聴き始めたら、それなりに楽しめて、さらにディープな落語につなげてゆけるのかなあ、という、そういう視点で書いた記事です。
 志の輔というのは良いと思います。あと志ん朝師匠。この二人から入るのが順当ではないかと。

■2005/10/05のわたくし
企業ブログの限界(続編)
 最後に「どういうブログを運営したら成功するのか?という事について、僕はある考えを持っているのですが」と書いてるんですが、この詳細について、僕は既に忘れています。この時書いておけば良かったな、と悔やまれます。多分、僕はこの当時一番ブログについて考えていたと思うのです。この年の春〜夏頃が、僕がブログについて一生懸命考えていたピークで、それが蓄積されて考えが固まったのがこの秋、という感じ。それ以降は大した事を書いていません。

□2005/10/05のブックマーク
鳩山由紀夫ホームページ
 コメント「[お笑い]鳩山先生のフラッシュ動画アーカイブ。」
 まだ残ってるのがすごい。

東京中日スポーツ:岡村靖幸被告に懲役2年求刑(リンク切れ)
 コメント「[音楽][ドラッグ]Princeの『Pop Life』カバーしてくれ。 」
 そうだなあ。でも多分岡村靖幸って真面目なんだよね、過剰に。だから実社会と自分を断絶できない。それで傷ついてしまうのではないかと思う。

2006年09月13日

9/13あの日あの時

■2004/9/13のわたくし
オペラ座の地下湖?ガウディの遺作?いやいや
 そういえば今年は交通博物館閉館前のイベント「万世橋駅遺構公開」に言ったわけですが、こういうのは良いですね。使われていない地下道には独特の雰囲気(湿度や反響)があって好き。

■2005/9/13のわたくし
ファシズム台頭の責任者は無能な野党である
 もっと言えば「無能な国民である」にもなるけど。小泉政権誕生によって、「よくわからない政治の時代」は終わって「わかりやすい政治の時代」が到来した。次は「政治はわかりやすいだけじゃダメなんだと分かる時代」が来なきゃいけない。それは難しいし、「わかりやすい政治」こそが「本当はわかりにくい政治」だったり「こわい政治」だったりということを国民が理解する、なんてのはもっと難しい。
 そんなことを考えると「よくわからない政治の時代」が続いた方が良かったのかも、とも思う。

□2005/9/13のブックマーク
BLOG STATION:書き手と読者について考える
 コメント:[blog]反応がないからやめる、という気持ちはよく分かるが、それを宣言して反応を乞うのは女々しい、ということ。

2006年09月05日

9/5あの日あの時

■2004/9/5のわたくし
 記事無し。この頃の日記を読むと、依然彼女のことで悶々としている。今読むととても不思議な感じだ。真夜中に一人寂しくレゴを作ったりしている。

■2005/9/5のわたくし
トラックバックをダメにした犯人は誰だ!?
 2004年から一転して、2005年はとてもアグレッシブ。思えばブログ論のようなものを書き出したのが2004年の秋で、2005年の秋がそのピークだったように思う。その後は結構どうでもよくなってきて今に至る。
 しかし、半熟卵の件でTBが殺到して思うのは「本当にくだらないTBが多いなあ」ということだ。もっと面白いこと書いてTB飛ばして来いよ、と思う。これはあれだ、反省も含めて。

■2005/9/5のブックマーク
「眞鍋かをりさんを有名ブロガーが囲む会」 女王と騎士あるいは女王と市民
 今読んでもクラクラするほど気持ち悪い。でもここら辺は「ブログブーム」のメインストリームなのだと思う。頭の良い人はこういうのを利用するんだろうけど、僕にはそんな器用なことはできない。だから僕はダメなのだとも思う。
二宮尊徳像の販売-株式会社平和合金
 二宮尊徳のマウスパッドなんて物もある。

2006年08月30日

8/30あの日あの時

■2004/8/30のわたくし
 メールを通じてmkさんと再開、アントクアリウムのありが全滅

■2005/8/30のわたくし
 30日は記事無し。
日本人とブログと議論
 web上で度々起こる「議論」の不毛さをまとめた記事。相手を否定するための議論なら、初めからしない方が良い。議論をふっかける、というのは相手にお付き合い頂く、ということだ。そういう謙虚さを持って議論をふっかけるようなちゃんとした人が、どれほどいるのだろうか。
 これは電話に似ているな。電話をかける、というのは相手の時間を盗む行為だと思う。

■2005/8/30のブックマーク
牛乳で乾杯し絶叫 新党大地の鈴木宗男代表
 元記事は消えてるんだけど、このタイトルは最高だと思う。絵が浮かぶもん。
ソニー、スピーカーパネルが着せ替え可能な「VAIO type V」
 >「着せ替えブームっていうのは、ある意味デザイナーの逃避だと思う。つくづくぬるいムーヴメントだ。」

2006年08月17日

8/17あの日あの時

■2004/8/17のわたくし
京都で見付けた超芸術的看板
 芸術と非芸術の差は何か。それは意識なのだろうと思う。意識の有無・強弱・方向。
 この日は随分いくつもの記事を投稿している。しかし、この頃の記事は、何か自己啓発っぽいというか、ビジネス書臭がするというか、何か胡散臭くて、自分でも好きになれない。この記事も、内容的には面白いんだけど、持っている知識と情報を羅列しただけで、何の味わいもない、スカのような文章だと思う。

■2005/8/17のわたくし
ジャケットで買わないアルバム
 大瀧詠一なんかも、聴きたいと思いながらジャケットが障害になって買えない。

2006年08月02日

8/2あの日あの時

■2004/8/2のわたくし
 この頃から、微妙にブログの文章に変化が見られる。少し読者が増えてきていい気になっている物と思われます。
中島らも死ぬ
 獄中生活をつづった本が最悪で、ちっとも面白くなくてすぐに捨てた。それ以来、リアルタイムなクリエイターとしての中島らもには興味がなくなった。でも、それまでに彼は素晴らしい作品をいくつか残していて、僕に大いに影響を与えた人だったので、その死は大きなニュースだったわけだけど、でもショックではなかった。いつ、どんな死に方をしても衝撃を受けないような人だった。あの人は、生きていようが死んでいようが中島らもとして存在している。 

■2005/8/2のわたくし
ブログ上の議論が不毛な結果に終わりがちな理由
 日本人は「支配と従属」という関係をこよなく愛する民族なのかも知れない。そこに対話や議論は必要ない。「YouTubeで起きた悲しいできごと」を読んで思ったのは「アメリカ人というのは、なんと『対話好き』なのだろうか」ということ。こういうのっていうのは、日本人にはない発想だと思う。

 でも、上記のような記事というのは今読み返しても面白くない。むしろ楽しいのはその日の日記だ。暑い夜だったなあ。裸で汗をかきながらピンホールカメラを使っていたなあ、と思い出す。そういえばこの日買った「列車に乗った男」は、まだパッケージを開けてすらいない。

2006年07月19日

7/19あの日あの時

■2004/7/19のわたくし
 仕事忙しい。

■2005/7/19のわたくし
靴を買う。
仕事で身につける物を買うのは「好きな物を探す買い物」ではなく、「嫌いな物を買わない買い物」だから、楽しいものではない。(1箇所修正)
 自分で書いた事に、自分でナルホド。
 先日エプロンを買いに行った時もそうだった。売り場には、僕にとって嫌悪の対象になる物が沢山あり、それを「買わない」事によって、最終的に「買う」対象が決まる。皿もそうで、例えば陶器の皿であれば無地か青絵・赤絵、少なくともパステルカラーのプリントがされているような皿は絶対に買わない。

 マーケティングというのは「選ばれるためにどうするか」であって、当然の事ながらそれは「選ばれないものは何か」の裏返しである。伊丹十三も同じような事を書いていたが、当たり前の事だな。
 そういう事について考えるのは、語句のブログに通底するテーマであるように思うし、当人は気付いていないけれど僕のライフワークなのかも知れない、と大風呂敷を広げてみる。

 関係ないけど、この年の夏は毎週、鰻屋に通っていた。夏の休日、夕方からうなぎの洗いで冷や酒、というのは気持ちの良いものです。

2006年07月14日

7/14あの日あの時

■2004/7/14のわたくし
 多忙。

■2005/7/14のわたくし
ブログを書くことの弊害(日記を起点とする味気なさ)
 いつも思ってること。
 昨日今日で思ったのは「人は他人から良く見られたがる」と「人は自分がしたこと以上の評価を求める」という似たような二つのこと。

 ブロガーは自分の得意な話題について書き、優越感を持つ。「俺はこの事について、こんなによく知っている」ならまだ良いが、それは次第に「俺は世の中のことをなんでも知っている」みたいになったり。
 ブロガーは自分にとって都合の良い部分しか見せない。しかしそれがほめられると「自分のすべて」がほめられたような錯覚に陥る。
 そういうのはみっともない。あるいは、老いるとはそういう事なのかも知れない。

 また、人は親切をする。良い事をする。しかし厄介なのは、多くの人は「自分がした親切」以上に評価されなければ気が済まないということだ。
 俺はこんなに良い事をした、だからもっと評価しろ、見返りをくれ。そんなのは、春闘だけで十分だと僕は思う。だから僕は損をするのだろう、とか思うけど、そうやって無理して評価されるよりも、ひっそりと緩やかにしていたい。

 ブログを書く事。誰かの慰みになったり、役に立てばそれで良いこと。それが評価されるかどうか、というのは、なんというか、どうでもいい話だ。どうでも良い、というか、そんなものはオマケのような物。オマケだからこそ、つつましく楽しいのだ。

2006年07月08日

7/5あの日あの時

 このシリーズ、書くの忘れてた。
 2004年7月は仕事が忙しくて記事数が少ないので、ちょっと日付が戻りますが7/5分を。

■2004/7/5のわたくし
結婚に先立つ同棲という経験について
 昔は結婚って義務みたいな物で、それは「結婚をする」ということと「結婚を続ける=離婚しない」を含めて。でも今はそうでもない。
 さらに昔の家には、おじいちゃんおばあちゃんという「家族とは少し異質だけど家族であるような存在」があって、そういうのも大きいんじゃないのかな。
 今の若い人間(僕も含めて)は、親子という小さな枠の中で育ち、その中で価値観を築いているので、「赤の他人」と接した時に、その価値観のギャップを埋めるのとか、結構下手だと思う。特に僕はわがままだし。
 同棲、寝起きを共にし、食事を共にする、こういう経験を通じて相手とのギャップを確認するのは大事なことだと思う。

■2005/7/5のわたくし
仲間意識の基本は疎外だ(秘密バトン)
 排他性によって醸成される仲間意識。これ、いやなものだけど、仲間意識という物自体が、排他性から成り立ってるわけですから、そんなの当たり前なのです。

特定された不特定の私
 コメント欄も参照。コミュニケーションのテクニック。

2006年06月27日

6/27あの日あの時

■2004/6/27のわたくし
引っ越し
 あの時住んでいた家は、嫁の愛情そのものだったのだと今の僕は思う。
 引っ越しの日、「良い家庭にしようと思ったんだよ」という嫁の言葉をたまに思い出す。
 そうして少し、いや、とても泣きそうになる。

■2005/6/27のわたくし
オレのノムヒョン
 その後、大勢の方が「ノムヒョン」で検索してここに来ました。ごめんなさい。今でもGoogle検索5位です。ひどい話です。

2006年06月12日

6/12あの日あの時

■2004/6/12のわたくし
好きなタイトルのアルバム
 この頃の僕のブログって、文体がうわずっているというか、無理矢理楽しくしようというか、そういう空回りっぷりが強くて恥ずかしい。はしゃいでる感じかな。
 この頃結構、暗澹たる気持ちだったはずなんですよね、そういう実生活と、web上でのキャラクターのギャップがすごくあった時期なんじゃないかと思う。そういう高低差みたいなのがうっすらと感じられて、我ながら気持ち悪い。

2006年06月09日

6/9あの日あの時

■2004/6/9のわたくし
本棚の写真を公開
 やぁ、僕って本当に面白そうな本ばかり持っているなあ、と感心した。
 しかしそれは当たり前だ、ここにある本は(嫁のものは除き)すべて僕が「面白そうだ」と思って買った本なのだから。しかし写真に撮って眺めていると、そんなことを忘れて、つまり自分がこの本を買った、というようなことを忘れて「ああ、この本棚は魅力的だなあ」などと思う。
 写真には、そのような力があるのだと気付く。

■2005/6/9のわたくし
 本当に、覚えてなくていいことを覚えている。波田陽区が流行ってたんだなあ。我ながら痛々しい。

2006年06月05日

6/5あの日あの時

■2004/6/5のわたくし
リスクを負わない発言に耳を貸すべきか?(ネット上の匿名性)
 今日、ちょうど思った。今のブログやHNを捨てて、新しくブログをやったら気持ちいいかな、とか。沢山の人に読んでもらえるというのは、喜びであると同時にプレッシャーでもある。自分の虚栄心を無駄に刺激する側面もある。とりあえずリセットするというのも一つの手だ。
 ただ、それができないのは、ゼロから始めるのが億劫だからだ。僕は、ブログには「ちょうど良い温度」があると思っている。ちょうど良い読者数、ちょうど良いアクセス数、ちょうど良いコメント数、そしてちょうど良い関係。そういう温度の中でしか書けない記事。
 多分、livedoorから移転する前後がそういう時期だったのだと思う。ただ、僕はあえてそこにとどまろうとはしなかった。それだけのことだと思う。
 ブロガーには、今の位置にとどまって書き続けたいと思う人もいるし、そうでない人もいる。そんなこと気にもしない人もいる。そういう物なのだと思う。

■2005/6/5のわたくし
6/4-5日記(大魔神・sakusaku・落語)
 「水戸黄門+巨大ロボ=大魔神」って良いなあ。こんな事考えてたんだ。
 しかし、覇気がないよな、この文章。枯れてる感じ。1年後に自分が健康オタク化してるなんて想像していない日々。

2006年06月01日

6/1あの日あの時

■2004/6/1のわたくし
 仕事に復帰した日。
 空白の二ヶ月がようやく終わった日。

■2005/6/1のわたくし
 その一年後。
 まだまだトンネルの中。

2006年05月26日

5/26あの日あの時(週末SP)

■2004/5/26のわたくし
 今にして思えば、俺は一体何を語ってるんだと思えるような記事ばかり。こんなのとか。この時の精神状態は明らかにおかしくて、今の僕とは別人格と言っていい。

みうらじゅん関連「いやげもの」投稿pt5 
 本当に最近、こういう「いい物」が世の中から無くなっていて、面白くないです。コメント欄のBURNさんが最高です。誰も知らないでしょう、あんなエピソード。
 ちなみにいやげ物で一番好きなのはこれで、僕自身がいやげものにはまったきっかけでもあります。27日に書いた絵本「地獄と極楽」に関する記事もやや好評でした。

 今になってここら辺の記事やコメント欄を読むと、この頃は趣味嗜好が似ている人がたくさん読みに来てくれていたんだなあ、と感じます。
 この年の秋からだと思うけど、僕のブログはどんどんブログ論メインになってゆくのです。その結果、例えば音楽や芸術の話題は減っていって、必然的にそっちつながりの人の割合は減ったのですね。
 そんな中でたまに好きなCDを紹介したりしても、食いつきは悪い。ブログ論にはみんな反応してくれるけど、僕が本当に好きな話題にはみんな関心がないんだな、と思う時期がありました。具体的には2005年の末頃。
 その後、なぜだかふっきれて今はそう言うこと考えずに自由にやってますけど、確かにそういう時期があった。

■2004/5/27のわたくし
 初期のブログ論。この頃は、というか今でもそうなんだけど「自分はどうするか、俺なりのルール」なんですね。今と比べると格段に謙虚な記事。

■2004/5/28のわたくし
クラフトワークがJBの「セックスマシーン」をカヴァーしたら?
 その後、何度も繰り返し紹介している過去記事。
 この頃は「自分の持っている物・作った物」をアップしたくてたまらなかったんですね。今の僕はむしろ「自分の思考の軌跡を書き留めたい」という感じだけど。エロスクラップも載せてます。

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■2005/5/26のわたくし
Lちゃんポリスの、ヘタならグズならアホなら乗るなのコーナー
 ここらへん、今も、というかいつも思ってること。
・車のライトは多くの場合、自分のためにではなく他人(対向車・後続車・歩行者など)のために点ける物
・ウィンカーは、自分が今からどちらに行きたいのかという「意志」を、周囲に伝えるための物
・ハザードは、自分が特殊な状況にあり、通常の走行をしていないという「状態」を、周囲に伝えるための物

 これが基本だと思うのですが、これ理解している人って少数派ですよ。こんな事も分からない馬鹿は車に乗るなよ、と思うんだけど。

■2005/5/27のわたくし
ラッフルズホテルのシンガポールスリング
 実用記事。一般に作られているシンガポールスリングと、現在のラッフルズホテルで出されるそれとは違う、という話。東京のオーパという店では、ラッフルズスタイルのシンガポールスリングが、ラッフルズホテルオリジナルのグラスで飲めます。

■2005/5/26のわたくし
 コメント欄でのわたくし。

「芸術に上下をつけるな、職業に貴賤なし、人の命の重みはみな同じって、全部ウソですな。」ここの最後

 こういう事を自然に言ってしまう自分が好き。

2006年05月24日

5/24あの日あの時

■2004/5/24のわたくし
 結構「岐路」になったような日かも知れない。
ものすごく改行の多いブログってどうなんですか?
小泉首相はなんにも「約束」してないじゃないすか

 コメントの数はそう多くないんだけど、初めて「荒れた」と感じたんですよ。荒れちゃあいないんだけど、揉めたっていう感じ。
 前者では信者とかファンの怖さというか、そういうのを感じたし、後者では世論に反するというのはこういう事だな、と思った。いずれにせよ、めんどくさいなあ、という感覚を持ったんですね。
 ここら辺で、結局大多数の人間というのは理論じゃなく感情で語る物だ、という事に気付いたんでしょう。それが悪いわけではないし、むしろその方が良いようにも思うけど、そんなことを初めて意識した。

 ああ、この頃はコメントへの返事に「管理人」って書いてたんだ。今見ると恥ずかしい。嫁に馬鹿にされたんですよ「管理人だって」って。それでやめたんだ、そう言えば。

 で、それとは別に僕が好きな記事がこれ(18禁)。こういうのがやりたいんだよね、こういうのが好きなんですよ、僕は。じゃあやればいいじゃないって自分でも思うんだけど、なんか続かないんですよね。

■2005/5/24のわたくし
「評論家」の役割と必要性
 適当に書いてるけど、今でも同じようなことは思っています。先日、洗濯物を干しながら「『一億総評論家』って、必ずしも別に悪い意味じゃないよな」と思ったのです。いろんな人がいて、それぞれに「おすすめ」がある。それで良いんじゃないのかな、と。特に人と人のネットワーキングが容易になった現代では、それはかなり良いことだと思うのです。

2006年05月18日

5/18あの日あの時

 こいつはいい。2004年も2005年もかなり良い記事を書いています。

■2004/5/18のわたくし
こんなブログは読みたくもない
 これはうちのブログの言わば「看板記事」で、いまだにブックマークされたりしてます。反感も買ったけど、随分アクセスアップに貢献してくれた記事だし、非常に僕らしい記事だという点では気に入ってます。
 あの、例えばねローリングストーンズはもう「サティスファクション」を演奏しないって宣言してるらしいけど、あえてそういう宣言をする気持ちってのも分かるのです。「これは所詮過去のヒット曲だから」というような気持ち。だからあえて自分からこの記事を紹介するのって恥ずかしかったりもするのですが。

■2005/5/18のわたくし
鮮度によって価値を失う情報というのは、結局「マーケットに向かって」発信された情報なのだと思う。
 対してこっちは、自分でも書いた事を忘れていたような記事。更に支離滅裂というか、感情論っぽいんだけど、だがしかし良い記事だ。こういう感覚、しばらく忘れていた。

2006年05月17日

5/17あの日あの時

■2004/5/17のわたくし
・本当に隠された名盤:ラ・ムーSOAP鈴木蘭々
 いまだにラ・ムーはデジタルシンセのうすっぺらさを最大限に駆使した偉大なバンドだと思う。80年代中盤とかのディスコが好きな人には本気でお勧め。いつか再評価されると思って早10年、その兆しはまだ無い。

■2005/5/17のわたくし
livedoorは囲い込みが下手:移転した人(難民)が多い。
 僕はスパム対策がひどいんでlivedoorからSeesaaに移ってきました。その後もスパムは順調に増え続け、更に今年に入っては事件の影響もあってユーザーの流出が加速。
 しかしひどいと思うのは相変わらずのスパム対策のひどさと、投稿→表示までのタイムラグ。コメントしてもサイドバーに表示されないとか、基本的な機能がボロボロ。
 ブログサービス事業の価値は相当下がっていると思う。あれだけのユーザー数を獲得したサービスなのに、それを平気でダメにする会社と従業員って僕としては信じられません。

2006年05月11日

5/11あの日あの時

■2004/5/11のわたくし
えなりくん
 この日は10件も記事書いてるんですよ。ブログが少し読まれてきて調子に乗ってる時期なんだろうと思う。調子に乗ってるだけに、今ここら辺の記事を読むとむかつく。なんかいらいらする。「なに、いい気になってるんだ?」と。

■2005/5/11のわたくし
友人に聴かせて最も反応が良い自作曲
 これもある意味、調子に乗っている。

2006年05月09日

5/9あの日あの時

■2004/5/9のわたくし
リミックス・リメイクで好きなCDとか
 「Who'sYMO」とヤン冨田によるTELEXのリミックスは好きで、今もたまに聴く。廃盤って、やはり寂しい響きですね。

 あと、この記事、内容はあまり面白くないのだけど、今読むと文体や改行の仕方に迷いが見えて自分観察としては興味深い。
 失恋から立ち直るまでの段階の中で、恋愛体験を「無自覚に過去ととらえる時期」と「自覚的に過去ととらえる時期」があるんだろうな、と思う。つまり、恋愛を過去の物にしたくないという欲求と、現実の折り合いがつかないような時期。そういう気持ちが出ている。

■2005/5/9のわたくし
エラー値「#DIV/0!」の読み方
 DEVOのサティスファクションはいいなあ。あの「ど・た・と・ちき」というドラムが良い。

2006年05月01日

5月連休あの日あの時

■2004年ゴールデンウィークのわたくし
・4/29:初めてTBを飛ばした記事
・4/30:サンボマスターを聴き始める

 しかしひどく陳腐な賛辞だ。
・5/1:イヤな愛
 男女間の恋愛に置いて「一方の愛情が他方の愛情に比べて過剰に大きい」と、それは壊れる、多分。
・5/2:唯脳主義
 なぜ、人間の体の中で脳が最も重要だと考えられるのか?それを考えるのが脳自身だからだ。
・5/3:本当のあなたの意味
・5/4:AmazonからのCDと、彼女からの荷物を待つ。

 この頃から記事を書く量が増えてゆきます。同時に、元カノに関する記事を書き始めています。どういう心境の変化があったのだろうか?しかし、4月に書いた記事というのが陰鬱以前に「何も感じさせないほどに無表情な記事」だったのに対して、この頃から記事が表情を持つようになる。
・5/5:女が嫌いな女(広末涼子4位にランクイン)
 今このランキングを見直してみて、菊川怜が入ってるのが少し不思議。個人的には好きじゃないですが、女性にも嫌われているのか。そういえばよく、有名大学の女子学生のヌードやAVがもてはやされるんですが、僕は全然惹かれない。涼木もも香はかわいかったけど。

■2005年ゴールデンウィークのわたくし
・4/29:ハロプロのエロポイントは「へそ」と「わき」だと再確認
 去年もちょうどこの頃、暖かくなってきたんだろうなあ。発情期っぽい記事。
・5/2:マーティン・スコセッシ「私のイタリア映画旅行」
 この頃、田んぼに水が入る。今年も同様。めぐる一年。
三連休の日記
 うなぎ食べ始める。この頃から夏まで、この鰻屋にはしばらく通った。

 2004年は家に引きこもっていたので、季節感も何もない。歩いて30秒のスーパーにも行けなかった頃。2005年は日常。
 日常とは「生きる意味について、なんて一切考えない事」だと思う。それは麻痺でもあろう。しかしそれで良い。ただ漫然と過ごす事が、悪い事だとは思わない。

2006年04月26日

4/25あの日あの時

■2004/4/25のわたくし
桂文枝「高津の富」(「祝祭性の鬱病」ないしは而立)

■2005/4/25のわたくし
落語と一條大蔵譚で感じた古典芸能のこれから

 こうして見ると、ブログを始めた頃は「ほめられたくて記事を書いていた」ように思う。細かいリンクとか貼って。なんとか「芸」らしいものを展開して、どやっ?という空回り。今読むととても恥ずかしい。
 2005年の記事は、肩の力が抜けている。この緩い雰囲気は今も変わらないのだけど、これで良いのかな?とはたまに思います。もうちょっと有用な事を書かないといけないんじゃないか?と。
 でも、書いてるこっちが楽なので、こういうスタイルで、ただ思った事をダラダラ書いてゆきます。すいません。たまには役に立つ事を書くようにはしますので。

2006年04月21日

4/21あの日あの時

■2005/4/21のわたくし
定点観測BLOGリンク集
 僕には、こういうブログは書けない。飽きっぽいのだ。そして「義務感」を感じた途端にやめたくなるのだ。つまり、責任感なんて物を、まるで持たないのだ。
 多分この記事を書いた頃は「定期的に同じ場所で写真撮ってるだけでしょう」と思ってたはず。でもそれはすごい事だよ。「定期的に」物事をするっていうのは、自分の行動パターンを変えるという事だと思うのでした。それが意識的に、自発的に出来る人はすごいと思う。
 簡単なようで、難しい事だよ。

■2005/4/22のわたくし
「志ん生が好き」という意見に思ったこと
 これこそ「いらんこと言い」だよな、ほっとけと思う(笑)
 言いたかったのはつまり「究極の落語を一つ聴いただけで、落語を理解したつもりになったら、そりゃ損だよ」ということ。

■2004/4/19〜23のわたくし
 多分記事は書いてたんだろうけど、あとになって削除した覚えがある。
 本当になんの面白みもない、知識ひけらかしみたいな記事を書いていたんだと思う。
 少し前にゆがんだはしごさんが「最近は(記事を)消す事が多い…」と書いていたけど、消した時は、そんな心境だったのかも知れない。
 今も、投稿する前に読み返して消す事は結構多いです。

2006年04月18日

4/18あの日あの時

■2004/4/18のわたくし
一番最初の記事
二番目の記事

 今にして思えば、実に鬱々とした文章で、何か無理矢理書いている感じだ。その暗さと、底の方で重く倒れたような雰囲気が、良い。
 この春はただもうどうしようもなく過ぎ、その次の春にも、僕はまだグジグジとしていた。今年の春は、普通の春だ。この二年間、劇的な変化はなかったように思うけれど、そのようにして人の心は変わる。

■2005/4/18のわたくし
今日の日記は今までで一番つまらないです。
 2006年現在の日記が、この「一番つまらない日記」よりもつまらない。しかし、「つまらない人生」は、必ずしも「悪い人生」ではない。そのように思えるようになった。ということは、死の病からは逃れられたという事だ。

 暖かくなると、人は悩む。寒い時には、とりあえず生きてゆく事が大変だけど、暖かくなると余裕が出来る。だから、そのヒマを利用して人は悩むのである。
 そこで、多くの人は人生について悩んだりする。そして死にたくなったりするんだ。
 ヒマのせいで死にたくなっちゃっちゃあ、馬鹿馬鹿しい。
 だから、悩むんなら、もっとくだらない事に悩みたい。

2006年04月14日

4/14あの日あの時(週末SP)

■2005/4/14のわたくし
ブランド好きはバカか?
 「ブランドだから好き」と「他のと比べて良かったから好きになった」では全く違う。後者はとても少ないと思う。そういう事を考えると、日本人って物質的に貧しいなあ、とか思う。未成熟だなあ、と。
 この頃、ドラクエ3始める。最近、ドラクエ、またしたくなってきたんですよ。こういうバイオリズムも1年周期でめぐる物なのかな、と不思議な感じ。

■2005/4/15のわたくし
読者はメンドクサガリ
 僕がブログ論を書く理由は「書き手と読み手の間の大きな溝」を感じるからです。「書きたい」とか「伝えたい」という欲求を持った人はたくさんいる。でも何故か、そういう人ほど「読まれるために、伝えるためにどうすればいいのか」なんて事を考えていない。
 そういうのを見ていてもどかしくなる。そんな時にブログ論を書いています。

2006年04月12日

4/12あの日あの時

■2005/4/12あの日あの時
 この日の記事はあまりにくだらないので、リンクは貼りません。
 しかし、この前後の日記を読むと「ああ、去年も僕はこの頃、こういう事をしていたのだなあ」と思う。
 暖かくなってきたので散歩に出かける、焼酎からビールに切り替える。
 「去年も同じだった」事を確認すると、なにか安心する。
 平凡で、穏やかな生活。

2006年04月07日

4/7-9あの日あの時(週末SP)

■2005/4/7のわたくし
 この頃、livedoorからSeesaaへ移転。
私がseesaaブログを選択した理由(各ブログサービスの比較)

ブログへの記事投稿数とアクセス数の相関関係
 今調べ直すと、また違った結果になると思う。アクセス数は、シームレスに伸びてゆく物ではなくて、段階を持って増える物だと思う。
 ブログにおいて、過去記事は基本的に読まれない。ブログの過去記事をうまく検索できるようなサービスが生まれたら、ブログの読まれ方が少し変わるはず。
 すごく当たり前のことだけれど、「読まれ方」の変化はアクセス数と密接な関係を持っている。ことブロガーというものは「書き手の論理」でものを考えてしまうが、アクセスや評価とは「読み手の論理」で決まるものだという当たり前のことを知っておくべきだ。

■2005/4/8のわたくし
「水曜どうでしょう」サイコロ企画の行方
 水曜どうでしょう研究に没頭していた頃。今でもたまに熱弁をふるいます。

2006年04月06日

4/6あの日あの時

■2005/4/6のわたくし
人生で出会うのは「おもしろいもの」「つまらないもの」「わからないもの」
 これをもう少し丁寧に書いたのが、今年1/20に書いたこの記事
 ブログに自分の思考を記録し続けていると、「また同じ事書いてる=進歩してないなあ」と思うことがあるのだけど、それは別に悪いことではない。

2006年04月05日

4/5あの日あの時

■2005/4/5のわたくし
今では全く持たない気持ち
今では全く持たない気持ち その2

 乙女は恋をするべき物なのかも知れないけれど、男は恋をしなくても良いように思えてきた。
 恋をしている時期は、男にとって「正しく考えることができない時期」。正しい判断が出来ずに酩酊して、それが楽しい時期。
 恋をしていない時期は「正しく考えられる時期」。世の中の物事がくっきりと見えるようで、考えることが楽しい。
 そのどちらにも魅力がある。

 今、彼女に対して思うことと言えば「だまされた、とか、そういうネガティブな感情は持っていない。でも、もう、彼女にだまされることはないだろう」と、一言で言えばそういうこと。

2006年04月04日

4/4あの日あの時

■2005/4/4のわたくし
精神的に加藤鷹
 人の日記やブログを読んでいると、「てめえ、なにカッコツケてんだよ!」と思うことがある。で、上の記事を再度読んで「あ、おれもそうか」と気付く。かつてSさんに「ナル」と評された理由がよく分かった。

 マクドナルド、この頃から迷走。ブランドイメージの転換には相当の労力と傷が伴うのだろうと思う。
 年二回、改編期にはいつもテレビが迷走。テレビは、その歴史が始まってからバブル崩壊まで、常に「成功」してきた。バブル崩壊とその後のインターネットの普及で、テレビは大きく変化しなければいけなかったと思う。でも出来なかった。
 マクドナルドは多分、立ち直ることが出来るだろうけど、テレビは無理だろうなあ、基本的に既得権によって成り立ってる業界だから。
 まあ、いずれにせよ、今後の同行に興味はあるのです。

2006年03月31日

3/30あの日あの時(週末SP)

■2005/3/29のわたくし
お酒とカクテルに関する、ごく基本的ないくつかの事
 恋をするというのは、表現することだと思う。恋は長時間続かない。それは日常になる。恋が愛になってゆくと、表現する機会は減る。しかし、表現しなくてはいけない。それには意志が必要だ。

■2005/3/30のわたくし
考える力とは
 自分に都合の良い考え方しかできない人はダメだなあ。

■2005/3/31のわたくし
みうらじゅん好きの女
 女の常套句に「少年のような人が好き」ってのがあるんだけど、それってそのまま、みうらじゅんなんだよな。

2006年03月28日

3/28あの日あの時

■2005/3/28のわたくし
家庭内暴力に関するチェックリスト
 ドメスティック・バイオレンスって僕にとっては「全く分からないもの」なのですが、結構あるようですね。
 なんだろうなあ。
 僕は、恋人関係とか、夫婦関係というのは常にSM的な物であるべきだと思う。支配者と被支配者という関係の方が安定するから。
 ただ、そこにはバランスが必要であって、例えば家の外では女が男を立て、家の中では男が女に従う、というような。日常生活の中でSM関係のバランスを取る、というのが大事なことだと僕は考えています。
 なんというか、このゆるい世の中ではそういうこと、つまり支配と被支配や、あるいは教育のための体罰・支配のための暴力とか、そういうことがタブーになってしまっている。
 支配=良くない、体罰=良くない、それは絶対であって、本当に良くないのか吟味することすら禁忌である。吟味すること、考えることがタブーになると、何故それが良くないのか、多くの人は理解しないまま成人する。
 だから家庭内暴力とか増えるんじゃないかなあ?漠然とそんな風に思う。

2006年03月25日

3/26あの日あの時

 あしたのことだけど。
■2005/3/26のわたくし
マーケティングの一端は「いかに選ばれるか?」ということ
 この時「泊まる理由のないホテル」だと書いた大阪東急ホテルは今年閉館。必然でしょう。宿泊客が「何に対して」お金を払っているのか、全く考えていないホテルだなあ、と思ったから。
 東京や大阪で1泊1万円〜1万5千円くらいのホテルは、どんどん淘汰されると思う。
 その他、漫画と絵柄、小説と文体についても書いてます。文体はインターフェイスであって、本質ではない、というのは今も考えていること。ただし、どうしても受け付けない物もあって、それを無理に克服しようとするのもめんどくさい。同じようなことをつい最近も書きました。
 あとは、「当たり前のこと」と「当たり前じゃないこと」の認識がやはり普通の人と違うのか?とか。→SMについて
 この日始めて知ったおとなり日記を久しぶりに見てみたけど、有名どころばかりが引っかかるので余り面白くないですね。

2006年03月23日

3/23あの日あの時

■2005/3/23のわたくし
批判や反論に対する、「大人」の対処法とは?
 極めて適当に思いつきで書いているけど、1年経って読み返しても「そうだよなあ」と思う。
 ただ、ブログという媒体が有名になった今、批判したり喧嘩したりするのに「構えて」しまう人が多くなっている。そういう違いがあるかなあ。
 本当は批判したいんだけど、逃げ道をたくさん作って、言い訳しながらする批判が増えてます。で、結果として何が言いたいのか分からない、というような文章。
 随所に「べつにいいんですけどね」なんて言葉がちりばめられてたりね。
 そういうのって、対処のしようがないんだよな、、、対処しなくても良いんだけどね、そんなへっぴり腰の批判には。

 まあ、僕自身も、逃げ道は作るようになりましたけどね。
 というか、ブログ始めた頃は「これが不快だ!」って記事をよく書いていたけど、今は「なんで嫌いなんだろう?」ってことに興味が出てきた。
 僕は自分マニアですからね。一番興味がある対象は「自分」なのです。

 この今井つかさの顔は、とてもかわいいなあ。
 大泉さんは、今や「全国放送で主演をはる俳優」になりましたね。演技はお世辞にも上達してないけど。

2006年03月17日

3/17あの日あの時(週末SP)

■2005/3/17のわたくし
web上に寄る辺なし、放浪もせず。
 これを書いてから1年経って、「webなくても良いな」という意識は強まっているような気がする。でも、体質的にwebへの依存度が高まっているようにも思う。そうやって自分がつまらなくなってゆく感覚。
 一年前というとついこの間の事のようで、ここに書いてある事なんか、すごくよく覚えている。

■2005/3/18のわたくし
売文業について
 要は「長文は読まない」ということで、つくづく進歩がない(笑)
 JMMの記事をよく読んでいた頃は、WORDにコピーして、A4たて二段組にして、プリントアウトして読んでました。長文が嫌いというより、PCの画面上で横書きの文章をスクロールしながら読むという行為が苦手なのだとも思います。

■2005/3/19のわたくし
出た!「自称・毒舌家」
 つい先日の事のようでありながら、ずいぶん若いなあ、僕の文章。今や「オフ会」なんて恥ずかしくて口にしないもんなあ。なんだよ「オフ会」って。気持ち悪い。「茶話会」に通じる胡散臭さを感じる。
 いや、言葉が嫌いなだけで「飲み会」ならいくらでも参加したいんですけど。

2006年03月16日

3/16あの日あの時

■2005/3/15のわたくし
車をぶつけました
 事故を起こした思い出というのは、とても苦い。僕は「反省好きな人」なのだけれど、事故のことは思い出したくない。思想上の間違いは反省し、改めることができるが、行動や瞬間の判断というのは反省によって改めることがすごく難しい。

2006年03月15日

3/15あの日あの時

■2005/3/15のわたくし
桂文枝師匠が亡くなりました(上方落語入門)
 枝雀師匠も、文枝師匠も、吉朝師匠も死んでしまった。僕の知る限り、上方落語で聴くべき落語家は米朝師匠と南光師匠だけになってしまった。
 米朝師匠は既に相当な高齢。
 どうなってしまうのだろう。

 ここの記事の最後に、水曜どうでしょうについてなかなか良いことを書いている。
 mixiに入ったころ。昨日、奇しくもmixiやめたくなった。

2006年03月14日

3/14あの日あの時

■2005/3/14のわたくし
ブログを続けるコツを教えてあげましょう
 この時僕は「だめなブログって続かないな、、、」と書いた。たしかに、内容が希薄なブログは淘汰されてゆくけど、一方で「ダメだけど消えないブログ」っていうのがある。アフィリエイトブログです。
 アフィリエイト目的で面白いブログって無いんですよねえ。例外的にここは、単純な発想ながら面白いなあ、と思うんですが。

 何度か言ってるけど、「ブログブームの犠牲者」って多いと思う。「書かなきゃいけない」という強迫観念に追い立てられる人たち。本当は絵を描く才能とか、歌を歌う才能があって、それによって人に物を伝えられるのに、ブームに追われ、文章を書く人。結構、そんな人って多いのではないかと思うのですよ。

 ところで、この日焼いたCDは、まだ車の中にある。
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