2007年11月06日

テレビ俳優に足りないのは「演技力」より「型」

 テレビドラマが見られない。出てくるテレビ俳優の演技がひどすぎて、見ていられないのです。
 で、僕はずっとそれは演技力、技術の問題だと思っていたのです。
 しかし、たとえば古い映画を見ても、演技のひどい俳優というのはいくらもいる。
 モノクロの時代劇に出てくるヒロイン(お姫様役)なんていうのは、十中八九ひどい大根です。
 しかしそれでもそんなに苦痛ではない。
 演技が下手なだけではそんなに苦痛ではないのだなあ、と言うことに気付く。
 しかしなんで福山雅治の演技は苦痛なのだろうか。
 (福山雅治を出したのは昨日映っていたからで、他意はない)

 とか考えていて、それは「型」なのではないのかなあ、と思った。型、というより「キャラクター」と言うべきかも知れない。この役はこういう表情をし、こういう抑揚で話し、こういう挙動をする、という型が出来ていない。テレビに映っているのは福山雅治にしか見えない。

 こういうのは多分「自然な演技が良い演技」という思い込みと、その真意の誤解から来るのではないかなあ、とか思った。「自然な演技」というのは「自分を自然体で出す」という事じゃあないのだと思う。
 舞台出身の俳優がテレビでも良い演技を見せるのは、そこらへんを正しく理解しているからなのかも。

 ただ、シリアスドラマで「型」を明確に打ち出すのって難しいのですね。コメディーだと強いキャラクターを出せるけど。で、こういうのってテレビ俳優の責任と言うよりも、脚本家や演出家の責任なのではないかと思えてきた。
 たとえば「北の国から」における田中邦衛の演技は「笑える」が、あのドラマはシリアス物として成立している、というようなこと。
 あとあれだね、今のテレドラマって「人気のあるタレントを出演させる」ことが大前提になってるから、みんな二枚目ばっかりで、タレントの顔ぶれもキャラクター性も均質になっちゃって、抑揚が持たせられないのですね。

 いい女といい男ばかりが出てくるドラマはつまらんと思うのでした。魅力のあるバイプレイヤーをもっと活かして欲しい。
この記事へのコメント
大友柳太郎が化粧前で自分の顔ほほれぼれ見て、いい顔だなあ、と言ってから、これで台詞が上手かったらなあ、と続けたんで、横で聞いてた西村晃が噴き出した、てな話があります。演技力とは別の存在感、みたいな魅力とゆうことですかね。
Posted by 熊吉 at 2009年10月18日 07:26
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