2007年10月22日 ululun 自分は道具厨なのですが、道具は道具を超える使い方が出来ないと思っているので、道具もしくは道具の使い方を愛する事が出来るか出来ないかだけだと思ってます http://d.hatena.ne.jp/ululun/20071020/1192854777 にも書いた「道具は道具を超える使い方が出来ない」というのは、正しいと言えば正しいけれど、それを前提にしてあきらめてしまうと僕はダメだと思うのです。
僕は初音ミクを含めて最近の音楽機材やソフトはダメだと思っていて、なんでダメなのかというと複雑すぎる、難しすぎるわけです。
初音ミクは触ったことないけど、90年代に作られたシンセサイザーを触ってみると分かる。難しすぎる。とにかく「使いこなせれば偉い」というレベルのものです。
僕は、少なくとも音楽機材というのは「簡単に使いこなせて、すぐに限界がくる」ような物ほど素晴らしいと思います。この機械が持っている機能では飽き足りない、でも新しい機材を買う金はない、だったらこの機材の限界を超えるような「新しい使い方」をしてみよう、という考え方。僕は、こういうのがつまり創造力なのだと思うのです。
ギターのオーヴァードライブだって、多分そういう限界から生まれた音だと思うし、ヒップホップという音楽も「とにかく今持っているレコードとドラムマシンで音楽がやりたい」という欲求から生まれたのだと思う。
そういう意味で、今売られているシンセサイザーや音楽機材は難しすぎる。使いこなせないということは、それこそ「道具は道具を超える使い方が出来ない」という状態になってると思います。
僕自身、高校生の頃からPCや古いシンセサイザーで音楽を作ってみて、金はないけど時間はある、という中で随分いろんな工夫をしてきたわけです。そういう中で「DTM」が嫌いになっていったのは、結局、それらの多くが「打ち込むことを目的に作られた音楽」だからであって、聴いてみても機材に使われてるようにしか思えないから。
日本で初めてサンプラーを作った松武秀樹が「ピアノの音を使うのなら、サンプリングではなく本物のピアノを使った方が良い」と発言し、テクノの第一人者である細野晴臣が「テクノの音は機械音だが、その機械を使っているのは人間だ」と発言したということ。
(前者は「大人の科学」、後者は又聞き)
「機械音が嫌いだから人力音楽しか聴かない」という人とは意見が合わないけれど、しかしそういう人たちの気持ちも分かる。それほどまでに「機械に使われている人たち」の音楽があふれているから。
それは結局「操作の難しい機械が、廉価で簡単に手に入る」からなのだと思う。表現ではなく、経済的な必然性から使われているケースが多い。
良い面と悪い面を天秤にかけた場合、僕としては「悪い面」の方が大きいと思う。
私は昔のシンセの方が「難しい」と思ってます。
アナログシンセのケーブルの配線なんて音が出るようになるまで一苦労だったりするし、
DX-7で、音色をエディットするのにものすごく苦労した覚えがあるし。
で、最近の機材は「プリセットだけである程度以上のことができるけど、それ以上のことをしようとするとすぐに限界が来る」というイメージがあって、だから面白くないという感じ…。
まあ、結論は一緒だったりしますが…。
シンセサイザーの歴史はDX-7によって「終わらされた」んですよ。あのシンセの商業的成功によって、シンセサイザーのシンセサイザーとしての歴史が終わったと。
あのねえ、普通に音を作る場合にオペレータ6つも要らないんですよ。僕はPC-8801でシンセサイザーを学んだので、一番簡単な4オペレータのFM音源を使ってました。おかげでFM音源の楽しさを知った。今ならTX-81Zというラックが4オペレータです。
>「プリセットだけである程度以上のことができるけど、それ以上のことをしようとするとすぐに限界が来る」
PCM音源っていうのは、本来的な意味での「シンセサイザー」ではないと僕は思ってます。あれはキーボードでしかないし、ユーザのほとんどはキーボード的な使い方しかしていないでしょう。