・My Life Between Silicon Valley and Japan - 直感を信じろ、自分を信じろ、好きを貫け、人を褒めろ、人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ。
・naoyaグループ - naoyaの日記 - 梅田さんのメッセージ
・明日は明日の風が吹く - 梅田さんのメッセージ - naoyaの日記(from RinRin王国)
正直に言って、僕はこういうの「あほくさい」と思っています。
ほめた方が良い、なんて言うのは基本的に当たり前のことであって、企業相手の研修会や自己啓発セミナーでも、それこそ腐るほど繰り返されている。で、それに参加した人たちは「ほめることが良い結果をもたらす」ことを理解し、(多くの場合ごく短い期間に限って)実践する。
でも、そういう風土、つまり「ほめることが当たり前な風土」ってのは全く定着していない。だからこういう記事が書かれるわけです。
なんで定着しないんだろう?ってことを抜きにして「人を褒めろ」って熱く語っても、少なくとも僕には「ママゴトか」としか思えない。
いや、それに影響を受けて他社をほめる人が増え、結果として良い効果が得られるのならそれなりに良いことなんだろうけど、ちょっと浅すぎる気がする。
で、ふと思ったんだけど「ほめない文化」の原因の一つは「人の粗探ししてる暇があったら自分で何かやれ。」なんていう台詞なんじゃないかなあ。
荒削りなアイデアでもゼロからひねり出して「自分で何かやる」ことは勇気であります。それは十分ほめるに値することでしょう。そして「粗探し」は、その粗削りなアイデアを「完成に近づける」ための地道な作業です。それも十分にほめられる事だ、と僕は思う。粗探しの中には、十分に建設的な物もある。
そういう理解なしに「粗探し=イチャモン」という、クリエイター至上主義から来る短絡的な決めつけをしちゃう姿勢が、多分僕の気に入らないんだと思うのです。まああれだ、粗探しする人に対して「おお!よくそんな細かいことに気が付いたね!」とほめる度量もないくせに「人を褒めろ」なんて言っても、説得力無いよ、と。
ちょっと話がずれたか。「ほめる文化」が定着しない一番の理由はズバリ「ほめる人が十分に評価されない」からなんじゃないですかね。ほめ方の巧拙にも問題があるんだろうけど。
最近特に思うんだけど、人のために何かやる人っていうのが、本当に報われない。わがままを言って、ごねて、自分の利益だけ考えて行動する人の方が、結果的に得をするような社会になってるんじゃないか、ってな事を思う。「良い人」が徹底的にスポイルされる社会というか、品格とか潔癖とかそういうものが社会的・経済的な価値を持たない社会になっちゃってんじゃないか、という漠然とした不安。
あーまた話がずれた。
僕の場合ですが、僕は「陰口でほめる」タイプです。もちろん、良いと思ったらその場でほめるけど、意識的に「陰でほめる」ようにしてます。上司や偉いさんの前で「あいつは○○のセンスがありますよ」とか、さりげなく言うようにしてる。そういうのが当人のキャリアアップなんかにつながるんじゃないかな、と思うから。
2007年03月23日
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周囲の人たちも「ほめた側の人(=教える立場の人)」がいかにその企業内で後輩たちの成長に貢献したのかという点に気付きにくい状況かなと感じました。
ほめられた側もきちんとリアクションをすることによって、初めて、ほめた意味が生まれるというか… だから双方向性を持たない、一方通行の「ほめる」が多いんじゃないかなあと自分の経験からは推測できます。
「ほめる文化」の源流はたしかアメリカの臨床心理学から来てるんですよ。(今調べたら、エリック・バーンというカナダ出身の学者が発祥のようです)
日本の場合、照れ・謙遜・腹芸の文化っていうのが染みついているので、単純に「ほめろ」とか「ほめられたら素直に喜べ」っていうのが難しいように思うのです。
ただ、やっぱり会社とか組織を活性化させるには必要な要素だと思いますよ。そのためには、まず上司やリーダーがそういう「感情やコミュニケーションのマネージメント能力」に長けているかどうかってのが問題で、更に部下が「会社で必要な役割を演じられるか否か」ってのもあります。
これ、両方が揃う機会って非常に珍しいんじゃないかと。
※参考:交流分析@wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E6%B5%81%E5%88%86%E6%9E%90
どんどん進めてきました。
褒める所か、自殺する程の虐め問題や、売春、麻薬に
手を染めていても、気付く事すらできない親…。
その子供に褒める風習なんて伝わるわけありません。
私たちが「親カッコワルイ」「親なんて関係無い」と
考えてしまうのが、皮肉にもその証明になっています……。
こんにちは。
私自身は、ほめる文化と家庭内教育が直接的に関与しているとは考えていないのです。ほめるほめないっていうのは、上下よりも横の関係の中で決まってくる物のように思うので(あまり根拠はないですが)
しかし、多分教育にもすごく問題はあって、「自分の利益優先」で物を考える人って他人をほめないんだろうなあ、とかは思います。
昔からよく言われていることですよね。
でも、私には「人を誉めろ」という言葉に対して、
どうにも違和感を感じてしまうのです。
間違っているとも思えないのですが…
(私自身、誉められて伸びるタイプといってしまっていますし)
相手を誉めるという行為は、
自分が相手を誉めたい、と思って行うことであって、
誉めろ、と誰かにいわれてするものではない。
と思うのです。
だから、誉めろといわれてハイ誉めます、
というやり方は、本人の心に負担をかけているように思えてしまうのです。
結果、誉める本人にも精神的な負荷がかかり、
鬱を呼び込んだりする別の災害が起こっている
のではないでしょうか。
これはもっと、心の内面に根ざした問題なのでは
ないかと考えますがどうでしょうか。
あまり深く物事を考えられない私には、
きちんと論理を展開することも
解決方法をぱっとは思いつくこともできませんが…
お互いが心からそう思えなければ、単にほめたところで意味をなさないように思います。
きちんと日頃からコミュニケーションの土壌を形成し、その基礎があってこそ成り立つのではないかな、なんて思いました。
こんにちは。
なんというか、交流分析に関する話を何度か聞いたことがあるんですが「定量的」なんですよね。「ほめられれば嬉しいんだから、たくさんほめましょう」という、ある部分では正しいんだけど、単刀直入に言えば「単純すぎる、頭の悪い方法」なんですよ。確かにある部分では正しいのですが。