スチャダラパーの新譜のことを悪く書いた後に、他のブログではどうなんだろうと思って少し検索してみたら、まあmixiのコミュニティーと同じで「サイコー♪」とか「今回もDEFかっこいいっス」みたいなのばかりでした。
まあね、多分ちゃんと何回も丁寧に聴きこめばね、ライムなんかもそれなりに面白いのではないかと思う。でも、何回も聴くためには、やっぱり音楽なんだから、音としてかっこよくなければいかんでしょ。気持ちよくなきゃ、何回も聴こうとは思えないでしょ。
と思って車の中のCDは今日からUnited Future Organizationの「No Sound is too Taboo」に変更。彼らの絶頂期のアルバムであって、最近のU.F.O.は滅法つまらないので、もう新譜を買うことはないだろう。一部の天才は例外だが、才能は枯渇するものだ。
僕は学生時代以降、音楽雑誌を全く読まずにいる。音楽を文字にすることに意味を感じない、というのが最大の理由だけど、何より音楽ライターというものを全く信用していないのだ。いや、彼らのことを特に批判しようとは思わないのだけれど、リスナーとライターの間には絶対に埋められない溝があると思っている。
何故かと言うに、その理由は二つあって「音楽業界にいる人間にとって、基本的に音楽は無料である」ということと、「ライターは文章を書くために音楽を聴いている」ということ。この二つの前提から、音楽ライターの書くことは全く信用できないと僕は思うのだった。
音楽が無料で聴ける、CDのサンプル盤が聴く暇もないほどに届く、ということは1000円のCDと3000円のCDが同列に並ぶ、ということだし、「この金額を出しただけの価値があるかどうか」っていう視点は、恐らく持ちにくい。タモリ倶楽部「中南米マガジン」の回で、同誌の編集長が「CDを買う時に、まず重要なのは値段です!」と言っていたけど、貧乏学生や貧乏サラリーマンにとっては全くそうだと思う。
それで、これは今日思ったんだけど、ライターは「何か文章を書くために音楽を聴く」わけです。言い方を変えれば「一聴して良いと思わない音楽でも、なんとか良い所を探そうと思って注意深く聴く」わけでしょう。だってレビューに「特に書くべき点もない音楽だ」とは書けないわけだから。一般のリスナーは、そんな聴き方をしないし、するべきでもない。最初に聴いてかっこいいか良くないか、気持ちいいか良くないか、というのが一番大事であって、「どこか良い所、評価すべき点はないか」というような聴き方は非常に不健全だ。
例えて言えば、美術館で「これはゴッホの名作だ」と言われたから、どっか良いはずだ、すごい作品のはずだ、と思って絵を見るような物でしょう。ちょっと違うけど。
そんな感じで、全然スタンスの違う人の書いた文章なんて音楽を聴く上で役に立たないんで、今後も音楽雑誌を買うことは無いんだろうなあ、と思っています。
(追記:一応書いておきますが、これは特定のライターに対して書いた物でもないし、その仕事の内容に対する批判をしようというような意図は持っていません。仕事その物に対する冒涜になってしまっているかも知れないけど。書いた後で、いろいろ差し障りがありまくりだなあ、と思ったので追記しておきます)
2006年12月11日
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あと音楽雑誌を擁護するわけじゃないけれど、どれを紹介するかのセレクションに「編集者が好きだから」と「しがらみ」の両方の場合があるなあと感じます。「しがらみでしかたなく……」っていうケースは、それを明示できないので、本気で選んだページがあったとしても、総合的に情報の価値が低くなってしまう弊害があるなあと。
>本気で選んだページがあったとしても、総合的に情報の価値が低くなってしまう
多分以前ブログに書いたんですが、何でもかんでもほめる人の賞賛って信用できないんですよ。だから僕はあえて、いろんな事について悪く書く。割と意識してそうしているのです。
CDなんかで言えば主観的に判断して「良い物」と「悪い物」と「語るのも面倒臭い物」に分かれると思うのです。
ライターは立場上「悪い物」を悪い物として語りにくいだろうし、もしそれができたとしても、職業上「語るのも面倒臭い物」については語らない、なんていう選択は不可能なわけですよね。
そこが問題なのではないかと。