2006年11月21日

志ん朝版「黄金餅」で東京散歩

・「麻布 瑠璃仙 (るりせん)」で検索してここに来る人が多いようなので、みうらじゅんが「ザ・スライドショー」で触れた麻布・瑠璃仙に関する話へリンクしておきます。
麻布・瑠璃仙の正体発覚

 おなじみ、落語「黄金餅」の一節。長屋の一行が、葬式を挙げるためのお寺に行く道中を描いた物。長くなりますが、原文を引かせてください。
 下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下イやってまいりまして、三枚橋を渡って上野広小路へ出てきた。あれから御成街道をまっすぐにまいりまして、その頃、堀様と鳥井様のお屋敷の前をまっすぐに、筋違御門から大通り、神田須田町へ出てまいりまして、新石町から鍛冶町、今川橋を渡って本銀町、石町から本町、室町を抜けまして、日本橋を渡って通四丁目、中橋から南伝馬町を抜けまして、京橋を渡ってまっすぐに、尾張町をまいりまして、新橋を右に切れて土橋から久保町、新し橋の通りをまっすぐに愛宕下イ出てまいりまして、天徳寺をくぐって神谷町から飯倉六丁目。坂を上がって飯倉片町。その頃、おかめ団子という団子屋の前をまっすぐに、麻布の永坂を下りまして、十番を出て大黒坂を上がって、一本松から麻布絶口釜無村の木蓮寺へ着いたときにはみんなずいぶんくたびれた・・・。
(注:ト書き・振り仮名は省略しました)
 昨日買った「江戸東京散歩」を隅々まで見て、なるべく忠実に現代に置き換えてみました。
 台東区の保健所を出まして、あれから上野の駅前にやってまいりまして、アブアブ赤札堂を左に見て上野広小路へ出てきた。あれからアキバへまっすぐにまいりまして、その頃、メッセサンオーととらのあなの前をまっすぐに、万世橋から銀座中央通り、神田須田町へ出てまいりまして、東京メトロ神田駅から鍛冶町、今川橋の交差点を渡ると左手にセブンイレブン、新日本橋駅からマンダリンオリエンタル、三越を抜けまして、日本橋を渡ってコレド日本橋、高島屋から明治屋を抜けまして、高速をくぐってまっすぐに、和光へまいりまして、ドンキホーテを右に切れて十仁病院からJR高架をくぐって、場外を過ぎてからイイノホールとは反対に曲がってフォレストタワーに出て参りまして、NHK放送博物館から天徳寺を抜けてオランダ大使館からロシア大使館。坂を上がって飯倉片町。その頃、麻布瑠璃仙という弁当屋の前をまっすぐに、麻布の長坂を下りまして、十番を出てピーコックの方へ上がって、オーストリー大使館から麻布絶口釜無村の木蓮寺へ行くには、どうぉ行たらよろしやろぉぉぉ(さいご枝雀風に)
 なにぶん実際に歩いていないので違っている部分もあるだろうけれど、大体こんなもんでしょうか。ちなみに「麻布絶口釜無村の木蓮寺」という村も寺も実在しません。当たり前か。さらに言えば「麻布瑠璃仙」も実在しない(というか実在したけど多分既に潰れている)ので念のため。
 「志ん朝の落語」の解説によると、志ん朝師匠と志ん生師匠ではこの部分が微妙に違うとのこと。志ん朝師匠は自身で切り絵図を見ながら手直しを加えたらしい。落語家というのも実は細かく地道な作業をしているのですな。ざっと見てみて「三枚橋」というのは「三ツ橋」の間違いかな、という以外に不自然な部分はなく、割と素直にたどれました。
 そういえば柳家喬太郎も、これを横浜に置き換えてやっています。

志ん朝の落語 5 浮きつ沈みつ
志ん朝の落語 5 浮きつ沈みつ
この記事へのコメント
いやあ、こうゆうのをみると、落語が身近にある東京の人がほんとにうらやまし。実際にあるいてみれば、さらにその落語が身近に感じられますもんね。聞こうと思えば、地方ではなかなか生で聞く機会のない噺家さんたちも聞けるんですもの。なのにCDがあればいい、てのはもったいないですよ。
Posted by 熊吉 at 2009年10月18日 07:57
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