ブロガーの「頭の中鮮度」の話。
今、僕の中では書きたいブログ論が二つあって、特にそのうち一つについてはかなり書きたいテーマなのです。で、これ書きたいと思ったのが9月28日、5日前ですね。でも書く暇と気力が無くて、いまだに一文字も書いてないんですが、でも書きたいとは思ってるのです。
で、あー、書きたいなーと思いながらふと思ったのが、全く根拠はないけど実感としてあること。
つまり、「あっためたネタほど、あんまり注目されずに終わる」ということ。今までの僕の感覚で、思いつきでババッと書いた記事の方が注目され、好評だと思う。何日かに渡って考えたり書きためた物というのはスルーされる可能性が高い。これは何なんだろうか?
考えられるのは、「テーマに対する思い」が、思いつきで書いた時の方が強い、というのはあるかも知れない。その時の思いがストレートに出るとか。じっくり考えて書く物は理性的になってしまって、「記事が走る」感じがしない。逃げ道なんかも用意しちゃって。そういうのよりも、多少矛盾があっても走る感じの方が、心地よいのかも知れない。
あるいは「文体が荒い」というのもあるかも知れない。時間をかけて書いた物よりも、適当に書いたものの方が口語に近くて読みやすい、というような。
あと、大事なことがあった。僕のブログ記事の95%以上は「一時間以内で書いた物」です。ほとんどは30分以内。じっくり考えた書いた記事ってほんの少ししかない。「考えずに書いてる記事が絶対的に多い」ということ。これが最も大きな要素か。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、ということですね。
なんとなく、そんなことを思いました。
勢いがある記事っていいものですけどね。
乙武さんの炎上も読解力がないやつらが燃やしてるし、ブログを書く側のブログ論もいいけど読者論ももっと議論されないかな。
僕がブロガーなら、多分好評を得たら喜べませんね。ヤバいな俺と思ってしまうでしょう。
被はてブが100越えしたエントリーはみんな思いつきで、あっためネタは何もつかないか、ブックマークされても1ケタがほとんど。
たぶん、思いつきネタと、あっためネタとでは、話題にする主題が変わってくるからなんじゃないかと考えているのですが。
ナントカの法則、に入れたいくらい(笑)。
意識か無意識か、計算が入ると必ずどこかで計算間違いをしてしまうものなのかもしれなかったり。
現状では無理。
読者からの毒者論は、肝心の読者が(炎上させている奴もそれをヲチなんていって楽しんでいる奴も)この程度だし、ブロガーからの読者論って思いっきりブロガーに都合よく書かれるだけですから。
頭の悪い人間は言論という物について少しも考えていないのです。だからこういう事が起こる。つまり、自ら言論の自由に守られながら、言論を封殺しようとするわけですね。実にくだらないことだと思います。
「読者論」というのはしかし無理でしょうね、あったとしても「ネットマナー」みたいな物にとどまるでしょうし。
いや、読者に合わせて、というのではなく自分の頭の中であっためて書くと、という意味なんですが。しかし、実生活ではそんなこと無いんですよね。ずっと考えてることを面白く話して好評を得ることは良くある。
結局、文章力なのかも知れないですね。勢いで面白い文章が書けるけど、じっくり面白い文章が書けない、という様なことかも知れないです。
ブログを読む人というのは「論」よりも「気付き」を求めているのかも知れないですね。あるいは、すぐに役に立つような物。
はてなブックマークでよく見るタグに「lifehack」というのがあるんですけど、あれもtipsって奴と一緒で、小手先っぽいものですね。そういう物が求められている。
そういう事も大きいのでしょうね。
僕も、不思議、偶然という感覚でこの記事を書いたのですが、考えるほどにこれは必然なのかも知れない、とも思えてきました。
読者論は無理でしょうね。「自分はこういう読者でありたい」というのは有りですが。