■2004/5/24のわたくし
結構「岐路」になったような日かも知れない。
・ものすごく改行の多いブログってどうなんですか?
・小泉首相はなんにも「約束」してないじゃないすか
コメントの数はそう多くないんだけど、初めて「荒れた」と感じたんですよ。荒れちゃあいないんだけど、揉めたっていう感じ。
前者では信者とかファンの怖さというか、そういうのを感じたし、後者では世論に反するというのはこういう事だな、と思った。いずれにせよ、めんどくさいなあ、という感覚を持ったんですね。
ここら辺で、結局大多数の人間というのは理論じゃなく感情で語る物だ、という事に気付いたんでしょう。それが悪いわけではないし、むしろその方が良いようにも思うけど、そんなことを初めて意識した。
ああ、この頃はコメントへの返事に「管理人」って書いてたんだ。今見ると恥ずかしい。嫁に馬鹿にされたんですよ「管理人だって」って。それでやめたんだ、そう言えば。
で、それとは別に僕が好きな記事がこれ(18禁)。こういうのがやりたいんだよね、こういうのが好きなんですよ、僕は。じゃあやればいいじゃないって自分でも思うんだけど、なんか続かないんですよね。
■2005/5/24のわたくし
・「評論家」の役割と必要性
適当に書いてるけど、今でも同じようなことは思っています。先日、洗濯物を干しながら「『一億総評論家』って、必ずしも別に悪い意味じゃないよな」と思ったのです。いろんな人がいて、それぞれに「おすすめ」がある。それで良いんじゃないのかな、と。特に人と人のネットワーキングが容易になった現代では、それはかなり良いことだと思うのです。
2006年05月24日
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5/24、あの日あの時
Excerpt: あんたジャージでどこ行くの:5/24あの日あの時 僕もブログ3年目になったら、一度、こういう過去記事振り返りをやってみたいと思っていたので、LSTY さんのまねっこをして書いてみます。 ■1998..
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Tracked: 2006-05-24 21:30
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私の最近のテーマが、普遍的な理論と感情の均衡をどう保つか、です。
どんな会話にせよ、結局最後は感情で締め括られるんだな、って思います。私もそれが悪いとは思わないし、それで良いとも思います。
でもやっぱり、それがまるっきり正しいと誤解するのは、自分の感情によって自分を苦しめることにもなるんじゃないかな、って思いました。
行き着く先が結局同じ感情論でも、私もこう思ってるんだから皆もこう思ってるだろう、という考え方と、皆はこう思ってるけれど私はこう思う、という考え方では全然違いますからね。
下の記事の「知る」ことは「不自由になる」というのにも関連してくるんですが、知らずに幸せに生きるか、知って苦しんだ上でどう幸せに生きるか、それはその人個人の性格に合ってるか合ってないかが結構重要になると思った今日この頃です。
なんか、マリー・アントワネットかオスカルか、みたいな感じですが。
同じ人でも、その人が今置かれている状況にもよると思いますよ。
今のさとちんさんの場合、むしろ意識的に理論・正論の方に傾いた方が良いと思いますよ。感情に傾いている時って、自分はそういう風に生きてゆける人間だと思うんですよ、多分。でも、つまらない言い方をするけれど、大人というのは「大人らしい生き方」をするべきだ、とも思います。
今の私は感情に傾いていますか・・・。
歳を取る毎に考え方が、「私は」から「人は、世の中は」という風に変わってきています。
それから、「こうだといいな」から「こうあるべきだ」という風にも変わってきています。
ただ、純粋な感情を探ると、色んな積み重ねで蓄積された頭の中の考えと矛盾してる事があったりします。
そんな時に迷います。
「すべき」と「したい」どちらを選択するか。
色んな所に寄り道しながらも結局は「すべき」を選んで、これで良かったんだ、と自分に言い聞かせますが、やっぱりどこかで「このままでいいのか?」と思ったりする訳です。
子供の頃や若い時に、それらしさ、というものを意識的に出さなかったのが今になって、きてる気がしないでもないのですが。
これは憶測なんだけど、最後の方を読んで思ったのは、さとちんさんは感情的な部分をあまり出さない、あるいは出せない人間で、そこに不満というか、悩みがある。その解決方法として、一点突破のように何か大きな感情の爆発を待ち望んでいるんではないかな、と感じました。
飽くまでも推測なんだけど。
もしもそうだったら、どうだろう、うーん、自分が生きやすいように生きればいいようにも思いますけど、基本的にデフォルトの性格ってそう変わる物ではないし、変わったとしてもゆっくりと変わる物で、急に何か事件が起こってひっくり返るって事はないでしょう、と。無理にひっくり返しても、多分あとで後悔するだろう、と僕は思うのでした。
何か本当に憶測で物を言ってすいませんが、そんなことを思いましたよ。
そうだと思います、多分私は感情の爆発をどこかで望んでいると思います、多分。
なんかですね、「待ち望んでいる」という表現をされると、待ち望んでいる感情がスーっと無くなるんですよね。無くなるというより消化される。
LSTYさんは「憶測」と書いてますが、憶測でもいいんです、少しでも分かってくれる人がいる、と自分で思う事で何かどよめいた物が小さくなる。
単純ですいません。。
僕は基本的にいわゆる「言葉の力」を信用していないのですが、たまに言葉には不思議な力があると思います。