「web上での知り合い」が増えて、その人の事がある程度分かってくる。
そうすると、記事を書く時に躊躇することがある。
・特定企業の批判をする時→「あ、あの人、ここの関連企業だったなそういえば」
・ブログデザインの批判をする時→「あの人は、こういうデザインにしてたよな、悪く言ったら悪いかな」
・著作や音楽の批判をする時→「あの人は、このクリエイターのファンなんだよなー、怒るかな」
そんなことを、よく思います。
でも、結局は書く。ほとんどの場合。
それは「書きたいという衝動」によるものではない。
そういう風に気を遣って批判を抑える人は「めんどくさい知り合い」だと思うからだ。
ちょっとした批判から「あの人は友達だと思ってたのに」とか「オフ会で会って優しそうな人だったのに」とか、なんかそういう部分から始まる争いというか、どろどろしたような関係。そういう物とは無縁でいたいと思う。
だから、「もしかしたら、あの人、怒るかな?」と思いながらも、感じたことを書くべきだし、批判もするべきだ、という様なことを思う。
自分のためとか、他人のためとか、そういうことでもなく、関係をすっきりさせていたいために書いている。
2006年03月24日
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今日は…
Excerpt: 今日、仕事から帰って、家のサイトのアクセス数を見て驚いた。 いつもの3倍くらいいってる。 なんか、怪しさ満載だったので、もしかして2ちゃんとかに貼られた? とか思って、関連ありそうなところ調べて..
Weblog: 好き好きまほろさん
Tracked: 2006-03-27 22:00
「仲が良い」と「批判しない」は違う、というエントリ
Excerpt: お、特定アジアの外交姿勢のエントリかな?! よーしパパ、ピラニアっぽく食いついち...
Weblog: A.E.U.G.
Tracked: 2006-03-28 14:45
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自分の好きなモノが他の人に認めてもらえなかったり、批判されるのは残念ですね。
まったくの他人なら、どう言われようともまだいいですけど、友達や知り合いだとちょっと複雑です。
人それぞれ好き嫌いはあるので仕方がないところはありますが、相手の好みや事情が分かっているなら、それらを批判するのは避ける、ちょっとした気遣いがある方が関係を円滑に保てるのではないでしょうか。
極端ではありますが、自分の好きなものに対し友達から「俺、それ嫌い」と言われたら好みの問題があるにせよ、ムッとするかと思います。
まあ、個人のデリカリーの問題はありますね。
ただ、ネット上でも過剰に他人に気を遣ってる人がいて、なんというかかわいそうになることがある。無理に「良い人」を装いながらブログやってる人とか、結構多いのだなあ、と思うのです。
で、良い人を装っても、それを嫌う人だっているんだから、YOU、もうちょっと自由に書いちゃいなよ!(byジャニー)
などと感じたのですよ。
しょんぼりするのも、人生の楽しみの一つであるような気がする。
言葉を選んでいます。
同様に、相手からの言葉には、相手は自分がこう言ったら、どのような返答が返ってくるかを予想した上でその言葉を選んだろうなと思うでしょう。
批判には通常、その後の批判の批判など負の連鎖が始まる可能性も予測されますので、相手はそれを承知の上で
つまり今後、万一、負の関係になってもかまわないと思って相手はその言葉を選んだというセンスがいつも付き纏います。
批判は批判内容よりも批判の後に起こる負の関係を予測しているだろうと思われるのに、それでも批判行為を相手が選択した事実に、失意することが多いのではないでしょうか。
「めんどくさい」かもしれないが「喧嘩を売っているのではない」ということを常に前置きするのが必要かもしれませんね。
これは教育が悪いんだけど気付いてないと損なだけなので
しかたされかたを勉強するといいよ。
ためらうほどのことを書くのなら、
そこまでしても伝えたいことなら、
相手に直接云えば良いのです。
そのステップを経ずに公の場で
いきなり個人を批判するのは内容の是非を問わず
マナー違反ですよ。
※この書き込みもそういう意味ではマナー違反ですが。
公私領域の区別をどう考えるかについてですが、
西洋スタンダートで逝くのなら
鍵の掛かっていない、警告していない場所は
すべて「公」だそうで・・・。
>「喧嘩を売っているのではない」
大事なんですけどねえ、あまり強調しすぎるとかえって卑屈に見えたりするし、難しくはあります。
>自分がこう言ったら、どのような返答が返ってくるか
僕の場合は、「この人は大人だな」と判断した人にしかこういう批判はしないんですが、相手に批判を受け入れるだけの知能と余裕があるかっていうのは、意識するべき事ですね。
屁理屈になりかねませんが、「良し悪し」の多くは、というかほとんどは「好き嫌い」によるものなので、線引きは不可能ですね。
そんなわけで、僕は好き嫌いから批判が始まること自体を否定しません。
むしろ、「俺は客観的に良し悪しを判断してるんだ!」と思って批判する人の方が、よほどたちが悪い。
ただ、それは相手への「全否定」ではない。なのに全否定されたかのように突っかかる人が多いんじゃないのかなあ?ということです。
「個人を批判」じゃないよ。「ある事象を批判」する際に、それに該当しそうな個人が思い浮かぶってことだよ。
もちろん言って失礼のない間柄・関係なのが前提ですし
公の場では批判する事柄について
相手より上位もしくは対等の立場でない限り
やめておいたほうが無難です
あと対象を叩くだけの悪意ある批判(否定)は
上に書いてあるような負の関係しか生まないし
そもそも批判になっていません
批判を生かすためには上手に伝えないと
否定としか受け取ってもらえず
せっかく批判したのに意味がなくなってしまって
勿体無いと思います
そもそもの齟齬はお互いがこの基準を持たないから起きるのよ
だから教育による鍛錬が必要になるのね、
それがないもんだから結果を得られるか否かがわかんないままドロドロになっちゃう。
かといって鍛錬に偏重すると侘び寂理解できないアメちゃんになるんだけどね。
適切な審判役ができる人材が0.5%くらい居るコミュニティが理想だよなぁ
1割超えると議論にならないので進化が停滞するし。
批判すること、あるいは議論すること自体に関する私の考え方は下記記事に書いています。
http://lsty.seesaa.net/article/6341815.html
今ちょっと私、批判的になっちゃってて、誰かに嫌われてたらやだなぁと落ち込んでいたので
その程度で嫌う人と関わっててもドロドロして面倒なだけだよといった言葉を読んで、
今まで恐れていた心の鎖をストンと解かれた思いでした。
なんかスッキリ。
確かにその通りだと思いました。
それに思い返してみれば、心が元気な自分だってそういう考え方をしていました。
しかし全力で忘れていたので、他人の言葉という「忘れにくい」言葉で言っていただけて助かりました。
ありがとうございます。
また、批判と否定という違いを言われて、自分は批判であって否定ではないなと
自分に自信も持てました。
重ねてありがとうございました。
心から。
「他人に嫌われたくない」という事を判断の基準にすると、人生は窮屈になるでしょうね。
しかし、実際には「ある特定の行動に対する批判」イコール「人格の否定」と思う人が多いので、やっかいと言えばやっかいなのですが。
実際問題、私もブログで書きたい放題しているので、web上の友人をかなり失っているような気がします。しかしそれは仕方ないことと割り切っていますが。
正直な話、人間は一人でも生きていける、とは言いませんが、肉親や配偶者・恋人という数人から愛されていれば、人間は生きていけるような気がします。そう割り切れば、人間関係というのはそんなにストレスにならないように、僕は思います。