2009年04月26日

桂千朝と「日本の話芸」

 NHK「日本の話芸」に桂千朝という落語家。
 これがひどい。文珍に匹敵するひどさ。
 米朝の真面目さに、枝雀の「随談風」を加えたという感じの話。
 これがひとっつも面白くない。

 あー「真面目に芸歴うん十年勤め上げれば、とりあえずNHKには出られますよ」という雰囲気。

 刑務所か。

 こんなものを「日本の話芸」なんて紹介されてはかなわん。こんなの録画してる暇あったら、松鶴、円生、志ん生、枝雀を再放送しろ。
 下手な新録より、うまい故人だ。

 つーか、テレビに下手な落語家を出してくれるなよ。若い人がみんな「あー、落語ってつまらないんだなあ」と思うじゃないか。
 しかし、考えてみりゃ今、まともな落語家は少ないのでどうにもならんか。一週おきに小三治・志の輔・小三治・志の輔ってわけには、さすがに行かないもんな。

 で、言いたいこととしては「千朝ってのは、何年やってるか知らんが、ゴミみたいな落語家ですね」ということです。いや、こういうのが好きな人もいるのかも知れん。「滑舌が良くて説明的でわかりやすい」というのは、まあ今の時代では一つの価値かも分からん。
 しかし、少なくとも私にとってこの落語家はゴミです。時間の無駄。申し訳ないが。
この記事へのコメント
あなたの言うことに私は賛成。
だからこそ書き方に不満。
千朝師匠の会には、びっくりするくらい大勢のお客が集まる。
そこを理論的に、説明してくれぇ。
でないと、ただ個人の趣味を書いているだけで、
「そんなセンスのない奴に、ゴミと言われる覚えはない」
となってしまう。
私達がモヤモヤと思っていることを成文化して、すっきりさせて下さい。
Posted by おたべ at 2009年07月19日 00:04
■おたべさま
 客入るんですか。あんなので。
 思うに「カルチャー教室に行くつもりで落語を聴きに行く年寄り」が多いということなんじゃないでしょうかね。
 あとやっぱり、これは逆説的なんですけど、寄席に行っちゃダメというか、その場で直接落語を聞くことによって「その落語家に対する親近感」メインに落語家を評価してしまう人っていうのが多いと思います。
 うまい下手じゃなくて「人柄がよさそう」とか、そういうのを主軸に落語家を評価する人というのは、これは思ったより多いのではないかと。
 飽くまでも水商売ですから、人気の有無と上手下手は直結しない世界だと思いますよ。
Posted by LSTY at 2009年07月25日 09:50
いやあ、千朝師匠のファンです。好みの問題だと思いますよ。千朝師匠は途中で6年間ブランクがあったり、ただだらだら芸歴を重ねてきただけの人ではありませんよ。文珍がおもしろくない、てのはあなたと同じ。6代目はネタと、同じネタでも録音、脳梗塞前後等ですごいのと?なのがありますよね。円生、志ん生は録音でしかきいたことがありませんし、同じ音源を何度も聞きたい、とは思えません。枝雀はなんで死んでしもたんやろ。今でもあんなにすきだった枝雀のテープを聞くと悲しい。実は今日、文我師匠の独演会で小三治師匠を聞いてきましたが、文我師匠のほうよかった。もちろん小三治師匠も良かったんですよ。志の輔より談春が好き。以上全部好みの問題。大阪でいう、にんにおおてる、ちゅうやつ。いろんな人がいろんな落語を聞き、いろんな想いを抱いている。思ったとしてもゴミなんて、ブログでも書いちゃだめよ。
Posted by 熊吉 at 2009年10月12日 23:37
>思ったとしてもゴミなんて、ブログでも書いちゃだめよ。

芸能を殺すのはこういう意識なんだろうなあ、とか思った。
Posted by LSTY at 2009年10月14日 01:36
ども、言いたかったことがちゃんと伝わる文章がかけてないように思うんで、言い訳書きます。ゴミなんていちゃだめ。というのは、LSTYさんともあろう人が、です。だめだと思ってもだめっていちゃだめ、というつもりではないのね。小三治よろしおたましたな、いや、文我も負けてまへんでしたで。こないだの千朝もよかったですけどな、てゆうときに あれはゴミ、じやあ身も蓋もない。とゆう程度の意味なんです。LISTさんなら、あたしゃあんなものはみとめません!(志ん朝風に)って書く位の芸はあるじゃないですか。おたべさんの 書き方に不満、というのに近い意味のなのかもしれません。千朝はそんなにひどいかなあ。華がない地味な落語家だけど端正で聞きやすい、とゆうのが一般的な評価だと思うし、僕もそう思うんですが。思い入れすぎですが、ほんの一言だけ、感じる人にだけ、そっとメッセージがそえてある、というのが好きby談春 の言葉を借りると、千朝は聞きやすさになかにそうゆうもののある噺家だと思ってるんですけどねえ。だまされたと思ってもう一度聞いてみて。きっとだまされた、って怒るでしょう(なんやそれ)。三枝や正蔵をうまいっていったら褒め殺し。一文笛をやって米朝に、テープでききおぼえてやってる東京の若い人もおるが、って言われた正蔵と千朝は大分違うと思うんやけどなあ。噺を聞いて伝わってきた噺家の人格にひかれて好きになる、て言うのも、上手い下手と同じように一つの判断であっていいと思うのよ。志ん生が酔って高座で寝たとき、お客が、寝かせとけ、て言ったてな話しや、枝雀がでていってにこにこ座っているだけでお客が笑ってくれるのが理想、ていうのもそうゆうことやないかなあ。無茶苦茶下手なざこばの一文笛を聞いてさえ、強い想いに不覚にも涙、てな交通事故みたいなこともあるのよ。千朝は落語が好きな人で小さな会場ならいっぱいにしてますよ。
Posted by 熊吉 at 2009年10月14日 14:58
12月12日 13:30

於: 東京 お江戸日本橋亭

東京で千朝落語を聴く会

胴乱幸助と 除夜の雪 です。

Posted by 熊吉 at 2009年11月17日 22:24
桂千朝と「日本の話芸」

ん、まったくですね!
千朝にファンが居るとは、驚く
駆け出しになら応援が付いたと思っても良いが
NHKでの「抜け雀」は聞いていて腹が立つ
時間を無駄にした。
やはり落語は修業、場数だけではだめだ、才能だなあと感じる。喉の使い方にしても無理がある。
聞いていてつかれる。
一言で言えば「無理して、わざとやしい」

Posted by 金平糖 at 2010年06月19日 05:04
一言で言えば「無理して、わざとらしい」
Posted by 金平糖 at 2010年06月19日 05:04
同じく日本の話芸の「抜け雀」を見てあきれ果てて
この落語家は一体何者だろう?と思って検索したら
このブログにたどり着きました。

いやあ、本当にひどい!滑舌が良いとは言っても
変にゆっくりした口調で気持ち悪いったらありゃしない。

Posted by 居残りジョニー at 2010年06月23日 21:50
今千朝師匠の落語を聞いての帰りです。初めて妻を連れて来ましたが、よほど面白かったようで、是非また来たいとの事ですわ。
Posted by まさ at 2011年04月16日 21:27
千朝師匠おもろいですよ。
生で落語を聞くのとTVで聞くのでは感じ方が違うのかなぁ。
まぁ人それぞれの意見ってものもあるけどあまり過激な言葉の表現って気持ち良くないですね。
Posted by 1000円だけいこか at 2011年05月05日 23:56
聴きたくない人は聴かなければよい。貴方が何とおっしゃろうと私は千朝さん好きですね。ある意味変な落語家だがそういう所もね。感じる方のアンテナや好みの問題ですね。多分相当落語を聴かれていてセンスもある方が書かれたコメントだと思うけど、こんな書き方をする方とは、私はお友達にはなりたくないですね。
Posted by 赤目亭産助 at 2014年12月02日 22:28
>赤目亭産助
はいはい了解です。
芸を見る目が無い人とお友達になるメリットは無いように思いますので、お互い、その方が良いでしょうな。
Posted by LSTY at 2014年12月27日 08:35
千朝さんの高座は,ナマとテレビと両方見たことがあります。

目の玉をぎょろっと向いて,口の形をはっきりと,発音練習みたいにして話すスタイルは,賛否のわかれるところですね。はっきり聞こえてわかりやすい反面,「AKB48」をゆっくり「エーケービーフォーティーエイト」とさも滑稽そうに演出して言われた日には,会場は笑っていましたが,可笑しいというより哀しくなりました。そこまでして「AKB48」に言及する意図が哀しい。

ただし,高齢者にとっては,「聞きとれる」という点でとても良いのではないかと推察します。物理的な音という点では十分でしょう。高齢者を慰問するにはうってつけ。若手中堅タレント役者芸人が,独りよがりで早口でしゃべっているのを見るにつけ,ハッキリ喋るのがいいなあと思います。

しかし長く聞いていて疲れる,というのは私も同じ印象です。それは異なる登場人物が同じ口の形であり同じ表情であり,それゆえ聞き手は,ことばの意味を追うだけに終始して,登場人物の情感に届くことができないもどかしさを感じるとでも言いましょうか。劇中の老人がハキハキしゃべる不自然さに,話に入っていけないのです。肩が凝る,とはそういうことかもしれません。

あの演出方法では,声色と声量の変化に乏しい,間(マ)が固定されておる(あるいは間が無い),といった,空間と時間の演出が単調になりがちなので,人物の区別がつきがたい,景色の広がりが感じられない,という印象があります。それらを補うように,ときおり突然と身振りが入る。人差し指を肩口の高さにあげて,人に向かって突き出す動作をよくなさいます。この動作で大店のご寮さんが目の前のひとを指差したときは驚きました。

と,いろいろ書きましたが,千朝さんは千朝さんのスタイルがあって,それは当人も十分承知の上でしょう。若手の「それしかできない」というのとは違って,取捨選択した結果と思います。すべてのスタイルは得失両面あるので,聞き手は聞き手で勝手に取捨選択すればよいでしょう。もちろんテレビ放映も,いろいろあってよいわけです。むしろ無料放送で演芸番組の総量が少ないことが残念。ダラダラしたバラエティやヒナ壇トークは演芸番組の勘定に入りません。
Posted by おとしぶた at 2015年01月19日 16:28
こういう具体的なコメントを待ってたんですよ。
ありがとうございます!
Posted by 赤目亭産助 at 2015年01月19日 22:22
□おとしぶた様
 丁寧なコメントありがとうございます。そうですね「老人ホーム慰問落語」というカテゴリの人なんだろうと思います。そういう意味では需要があるんでしょうね。
Posted by LSTY at 2015年01月22日 12:53
千朝の東京での落語会は近くでありますか?



Posted by 瀬戸口 at 2015年04月04日 15:51
昨日の「日本の話芸」に出てました。
演目は「ながたん息子」

落語は本の朗読会とは違うと思います。
老若男女の演じ分けもできてない。
途中で見るのをやめて録画を消しました。

月亭方正のがマシなレベル。
Posted by mu at 2017年05月27日 17:11
先日、桂千朝師の「ながたん息子」をNHKで聴いた。それで思い出すのが二代目桂小南師。上方落語にそぐわない人情噺といった趣の噺ではあるが小南師のものよりはずっと面白かった。話は飛ぶけれどもトピックにある文珍師。六代目桂文枝師に比べれば段違いの才能。何故彼が六代目を継げなかったのか不思議で仕様がない。「創作落語」なる退屈な話芸に古き佳き古典が駆逐されるのではないかと心配になる。真剣に古典に取り組みそれをより洗練しようとされている師匠方を応援して差しあげてはどうだろうか。通を気取っての批評はさぞかし気持ちがよいだろうが。
Posted by 諸行無常 at 2017年05月31日 20:25
私も「ながたん息子」聴きました。最初は?という感じでしたが、なにか耳に残るような感じで、録画を何度か再生しました。千朝師のお名前は初めて知ったので、ネットでいろいろ検索してみました。自分でも不思議に頭に残る語り口に、ほかにもいろいろ聴いてみたいと思う落語家さんだと思っています。太融寺の聴く会は今日だった。
Posted by 淀五郎 at 2017年06月17日 22:33
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