2008年09月05日

よさこいソーランに対する嫌悪感

DOG ON THE BEACH - 借り物の祝祭
 この日記の前半を読んでいて、よさこいソーランの不快さを思い出した。ああいうヤンキー臭全開の学芸会が日本の祭りの代名詞のようになりつつあるってのは、耐え難い事だ。派手で音が大きい物はやはり文化として「強い」んじゃないかと。なんか全国いろんなとこに出張してるみたいだし、そりゃ浸透するだろうなあ。
 しかし、今も昔も地元の祭りを支えてきたのはヤンキーでありチンピラである、ってのも事実なんでしょうなあ。そういう人たちのニーズに適ったよさこいソーランみたいなものが、彼らの手によって広められているという事を、一方的には非難できないよなあ、という気もあるのです。

 僕自身は日本の祭りに具体的な貢献をしたことがないしね。

 ヤンキーのみなさんが支えてきた日本の祭りを、自分たちの手で変化・変容させてるって事だと思うんですよ、多分。
 ただやっぱり僕としては許容しがたい部分があるなあ。ああいうものを子供の頃から見てると「お祭りの踊りというのはああいうものだ」って思えちゃうでしょう。むしろサンバカーニバルみたいに「明らかに日本のものではない踊り」の方がマシだと思う。

北海道新聞2007年6月9日付が報じた「YOSAKOI好き? それとも嫌い?」というアンケート調査によると、「好き」と答えたのが45.3%に対して、「嫌い」と答えたのは53.6%と、「嫌い」と答えた割合が過半数を超えている。
 なんとなく思ったのは、文化的コンプレックスみたいなものが、ああいう文化を生んだのかなあ、という。つまり、後発の「文化」が伝統的文化に対抗するためには、強く派手でなければいけないというような。

 なんとなく創始者の長谷川岳という人のwebページを見ると、なんとも自己啓発的だ。そういう臭いがプンプンする。
 ヤンキー性と自己啓発は相性が良いのかな、とか思う。基本的には単純なのだろう。単純に考えた方がうまく行くこともある。
 経営者には自己啓発好きが多い。人間として複雑だと経営なんてやってられないんだろうと思う。それはそれで正しいとは思う。
 あ、この人、愛知県出身なんだ。なんとなく納得してしまった。

 結論としては、よさこいソーランみたいなものを好きな人がやる分には黙認するが、私の生活圏内には入ってこないでくれ、というようなことです。


この記事へのコメント
>>派手で音が大きい物はやはり文化として「強い」んじゃないかと。

吹奏楽の世界には、アメリカのフットボールのハーフタイムショーにおこなわれている「フィールドドリル」というのをやっている人達がいるのですが、全く報道なんてされません。
年に一度か二度NHK衛星第二で特集されるくらい。
コンサートホールなどで行われるのは「ステージドリル」と分類されまして、これはようやく「BLAST」が注目されるくらい。
日本でやってる人達は多いんですけど、知名度は低いです。
Posted by てんてけ at 2008年09月05日 20:38
これはボクの仮説なのだけれども、祭りの主体って消防団がになうケースが多いと思うのです。自治体が企画するけど実行部隊は消防団。

そして、消防団の構成員ってたいてい自営業の人たち。商売柄、地元に根付いた人たちが多い気がする。ペンキ屋さんとか修理屋さんとか鳶職とか。あまりサラリーマンはいない。

そして、若い衆は必然的にヤンキー的な人たちが多くなる。

結果的に祭りはヤンキー的になるんでしょうね。ボクも地元のことしか分からないのでYOSAKOIとか他の祭りもそういう成り立ちかどうかは分からないけど。
Posted by 赤枕十庵 at 2008年09月05日 22:38
 実際に浅草のサンバカーニバルを観ていて、やはり人数が多くてそれ故に音もデカくて派手なチームの方が観客のウケが良いんですよ。ハリウッド映画のアクションと同じで、そういう種類の感動というのは解りやすいんだと思います。

 よさこい祭り。観た事がなかったのでYoutubeで高知の祭りを観てみたんですが、余りカッコ良くはないですね。この祭りが何故全国に広まったのかがよく解らないのですが、解りやすさと参加のしやすさでしょうか。広末涼子は確かに可愛かったけど。
Posted by doggylife at 2008年09月05日 23:05
■てんてけさま
 そのフィールドドリルというのが果たしてアメリカ文化の中で「派手で音が大きい」のかどうかってのがよく分からないんで、何とも言えないのですが。
 しかしヤンキー文化の話をする際にアメリカと日本の比較をするとわけが分からなくなるんじゃないかと思えてきました。

■赤枕十庵さん
 都市部と田舎でも違うんでしょうけどね。地元の祭りを支えてるのはヤンキーな人々っていうイメージはありますね。
 しかし例えば、同じ日本の伝統文化といっても歌舞伎を見に行ってヤンキー風の観客を見かけたことがない。ちょっと不思議な感じはします。

■doggylifeさん
 よさこいとYOSAKOIソーランは違うんですよ。よさこいはまだ節度を守ってるでしょう、YOSAKOIソーランはタガが外れてますから。
 あの広末涼子は可愛いですよね。
Posted by LSTY at 2008年09月08日 12:02
 YOSAKOIソーランに絞って観てきました。どことなく紅白歌合戦や新春かくし芸大会を思い浮かべてしまいます。正直僕が好きになれる要素が見当たりません。
Posted by doggylife at 2008年09月08日 22:07
■doggylifeさん
 多分youtubeでは分かりにくいと思うんですけど、低音に特徴があるんですよ。ウーファー好き、ブーミング好きの方が好きそうな音です。
Posted by LSTY at 2008年09月11日 11:49
本場高知の明るくて熱いよさこい祭りは、商店街の気の良いおんちゃんおばちゃん、ボランティアの学生、県内外の観客みんなで支えています。
踊り子も練習を積んで、そういう舞台で踊るんです。
祭りに携わるみんなが主役だと肌で感じられます。
札幌も基本は同じだと思います。今は企業が目立ちコンテスト化してるみたいですが、いずれ角が取れてくると思います。高知も良くない時期はありました。
周りの方は温かい目を持ち、厳しく指摘もしていければ良いのではないでしょうか。
Posted by いごっそ at 2011年04月11日 20:01
よくぞ書いてくださった! と申し上げたいです。
最近はどこの小学校の運動会にも必須プログラム化しているようで、本当に苦々しく思っていました。
地域のお祭りならば嫌いなら不参加で済むのですが、学校教育の一環としてやられてしまうともう
逃げ場がありません。
何で教育の現場であんな下品なヤンキー文化を持ち上げるのか、全く理解に苦しみます。

Posted by よいしょっと at 2011年05月11日 18:41
キチガイ乙
Posted by あああああ at 2011年12月18日 22:52
あれ程熱くなれる踊りも少ないと思いますが、あなた自身に余程合わないんでしょうね。

たまたま見かけたので読みましたが私はこの記事に嫌悪感を感じます。
誹謗中傷をする場だったのか良くわかりませんが。

近年全国的に人気が出ているので、生活圏に入らないでくれとおっしゃるなら海外でも何処でも行った方が良いですね。

後、ヤンキーとか言い方が古臭いですなぁ
Posted by 匿名 at 2012年08月12日 00:44
完全に同意です。
時代小説や日本の伝統文化が好きな私としては、それが汚されているようで
とても不快に感じます。
しかし確かに祭りはチンピラが盛り上げてきたという側面もあるでしょう。
民衆が作り上げたもので、民衆が変化させていくものだとは思いますが、
昔の、鎖国で隔絶された日本国内で変化するならともかく、現代の無国籍で
文化の多様な社会では、ごちゃごちゃした見るに耐えないものになりがち。
これは秋葉原あたりのサブカルチャーにカテゴライズされるものと思います。
私は竹の子族をリアルで知っていますが、当時でもサムくて恥ずかしい人達、
という一般人のイメージでした。
何年たっても変わらんのだなぁと微笑ましくなりますが、こういうのは
原宿のホコ天みたいな限られたエリアだけでやってほしい。

Posted by すずき at 2012年09月02日 02:17
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