2006年04月28日

世界が終わっても気にすんな俺のコメント欄はあいている

いや、なんか思いついただけ。

ここの「半永久的」って表現が気になったんで。他意はない。

三代目魚武、嫌いな人多いし「信者」もどうかと思うけど僕は結構、あの人の「自分大好き」な感じが好きです。

タンポ

はてなブックマーク - ねこになりたい。 - 何でもかんでも写真に撮りたがる無神経な人
 ここのコメントを見て思った。みんな「自分がやってる事」を批判されると、一斉に反発したがる物なのだと。僕もそうだ。自分にそういう傾向があると認識するのは大事な事だと思う。少なくとも「自分は常に公正だ」なんて思い込むよりは。

 で、ここのコメント欄にもある通り「担保する」ってのは流行り言葉ですね。なんていうかね、若い芽を摘みたくなるよ、こういう物言いを見ると。関係ないのですが「若い芽を摘む会」ってペンギンごはんが発祥だと思ってたら、あっちは「若いねっこの会」でしたね。馬鹿な勘違い。

 小学生の頃、図工でタンポ印刷の授業があって、僕は勘違いしてタンポの事をタンポンと言っていたけど、誰も指摘しなかったな、そういえば。
 で、タンポ槍ね。タンポ槍ってありますね。なんて事を思い出して、更に思い出した川柳。
越前は一本もない小間物屋

kiwofusiは死んだ!

 久しぶりに「きをふし日記」を見ると、きをふし君が死線を越えていた。
 この人の日記ほど、人間性というか、個体としての、身体の存在としての人間を感じない物もない。A.I.か、さもなくば脳髄か。きをふしとは、脳髄であり、それが発する電気信号によってのみ、生存が確認されているような存在なのではないかと思えたりもする。
 でも、それで十分だ。

2006年04月27日

飲みに行くのには吝かではないけれど

 この記事へのコメント。
オフ会も鬼門だと思う。
 馴れ合い好きのコドモとは飲みに行きませんので、大丈夫です。
 僕は「オフ会」というのが大嫌いでですね。それはオフ会という言葉に対する嫌悪なのだろうけど、そこから醸し出される「集まった人はみんな友達!」みたいな強制フレンドリー感が限りなく嫌いだ。
 んなわけねーだろ!と思うのです。良いブログを書いてるなあとか思いながらも、違和感を感じるブロガーもいるし、とりあえず顔を合わせれば友達になる!なんて、いかにも友達のいない人の論理だと思う。関係に飢えてるというか。
 じゃあ僕は、実際に会うとピリピリしてるのかというと別にそんな事はなくて、普通に話すんですけどね。何度も会って、小さな衝突を重ねながら、相手の存在を認める。で、仲良くなっても普通に批判はするし。逆に、相手の存在を全面的に認めているからこそ、一部分に対する批判が出来る。
 ブログから始まった人間関係というのは、そうあるべきだしそれが自然でしょう、と僕は思っているのでした。

・関連:「仲が良い」と「批判しない」は違うと思う

 書き終わって気付いたけど、完全に「オフ会」への偏見に基づいた記事のようでもある。でも「オフ会」って多分、間接的な知り合いにも会うんでしょう、それはやだね。友達の友達、これすなわちリスクですから。
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No Copy,No Pop and No Art

Pop is dead. anotherさんからつっこみが入ったので、遊んでみる。
 今回の件については、実はなんとも思ってないのだけど、なんかメッセージ性があるようなフリをしてみる。
 DOBは長らく、勝手にぼくの「マイキャラクター」としていて、ブログにおけるテーマの一つだったんだけど、長く使い続けると、本来的な意味は重要ではなくなる。人の名前のような物だ。ただそこにある物、としての機能しか持たなくなっていた。僕自身にとって。
 だからそれが無くなっても、別に構わないと思う。

 で、例のDOB画像について真面目に書くと「キャラクターをモチーフにしたマスプロダクトを、個人が写真撮影した物」の著作権は誰に帰属するのか、僕は理解していません。けっこうギリギリの線だろうな、とは思います。

2006年04月26日

4/25あの日あの時

■2004/4/25のわたくし
桂文枝「高津の富」(「祝祭性の鬱病」ないしは而立)

■2005/4/25のわたくし
落語と一條大蔵譚で感じた古典芸能のこれから

 こうして見ると、ブログを始めた頃は「ほめられたくて記事を書いていた」ように思う。細かいリンクとか貼って。なんとか「芸」らしいものを展開して、どやっ?という空回り。今読むととても恥ずかしい。
 2005年の記事は、肩の力が抜けている。この緩い雰囲気は今も変わらないのだけど、これで良いのかな?とはたまに思います。もうちょっと有用な事を書かないといけないんじゃないか?と。
 でも、書いてるこっちが楽なので、こういうスタイルで、ただ思った事をダラダラ書いてゆきます。すいません。たまには役に立つ事を書くようにはしますので。

id:lstyという存在

 僕がはてなブックマークを知ったのは多分、mozyさんによるブックマークがきっかけだと思う。リファーラーで知ったのだ。
 当時いくつかブックマークされた記事には、結構辛辣なコメントがついていた。
 ただ僕は、はてなブックマークとはそういう場だと思うので、反対意見も歓迎だったりします。つまり「この記事に対する、世間一般の反応」が見られる、というのがはてなブックマークの魅力。

 でも僕自身はてなのidを取得して無駄にブックマークをしてゆくにつれて、はてな内でも僕の存在を知ってくれる人が増えてきたのだろうと思う。偉そうな物言いになりますが、はてな界隈でのid:lstyの認知度が結構上がってきた気がする。
 そうすると、結構「ああ、あの人の記事か」ということで、けなすのを躊躇する人が増えるんじゃないのかな、と思う。結構いい加減な事を書いても、あまり叩かれなくなってきた。そうなると、ちょっとつまらない。いや、別に俺は「叩かれたい」わけじゃないのだが、僕にとってのはてなブックマークの価値は「賛成反対を含め、どれが多数意見なのかを眺められる」って部分だったので、ちょっと最近倦怠期。
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2006年04月24日

「件について」というタイトルが激しく萎える件について

 どこ発祥か知らないけど、ブログのタイトルで「○○が激しく△△な件について」っていうのがよくありますね。
 あれ、一発で読む気がなくなるからやめた方が良い。
 と思うのは私だけでしょうか?

参考:こんなブログは読みたくもない
 そういえば未だに「○○の中心で△△を叫ぶ」に類したタイトルがありますね。

 あの、昔原宿とかで「サザエボン」とかコーヒーのBOSSをもじった「ボーズ」とかってジョークTシャツ売ってたじゃないですか。
 大学の時、学内で、その「ボーズ」のTシャツ来てる人を見かけて、鳥肌が立ったんですよ。「うわーーー、この人、これが面白いと思ってるんだ、こわーーー」という。
 なんか、それと似た感覚。

硬派ではないリリー

 男性と比べて女性は便秘になりやすく、その結果、女の人には痔が多いということをよく訊くのだけど、女性の中でも、便秘になりにくい人というのがいるらしいのですね。ホルモンバランスの関係らしいのだけど、体質的に便秘になりにくい。で、色々と統計を取って調査した所、女性の同性愛者には便秘はほとんどいないらしい。ただ、必然的に、軟便が多いらしいのね。便秘になりにくい代わりに、お腹を下しやすい。レズビアンには下痢が多いという事が分かった。ユリ・ゲリーって言ってね。
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机の写真。

desktop.jpg

 久しぶりに机を整理しました。
 洗濯物が山積みになっていたソファーも整理して、座れるようになりました。
 土日、昼から酒を呑むのをやめると、色々な事が出来ます。

 細野さんがビル・ラズウェルとかと組んだユニットN.D.E.のレコードを聴いたんだけど(買ったままになってた)良かったです。「Rain Dream」という曲が良かった。
 10年前だったら見向きもしなかったような曲だ。最近、東洋の民族音楽で聴けるような、金属的な倍音が好きになってきている。
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2006年04月21日

初心者にアクセス解析

 「初心者にアクセス解析」
 ことわざです。意味は「ピチガイに刃物」と同じです。

 なんか急に思いついたんですが。
 昨日書いた「他人が善意からオンライン上にそういう(個人)情報を残してしまう事がある」、これから連想して、こんな事があったら恐いな、という。

「今日訪問して頂いたのは、アドレス202.**.**.**さん!ありがとうございました!埼玉県の方です!Yahoo!BBを使ってらっしゃるんですね!」

 とか。

4/21あの日あの時

■2005/4/21のわたくし
定点観測BLOGリンク集
 僕には、こういうブログは書けない。飽きっぽいのだ。そして「義務感」を感じた途端にやめたくなるのだ。つまり、責任感なんて物を、まるで持たないのだ。
 多分この記事を書いた頃は「定期的に同じ場所で写真撮ってるだけでしょう」と思ってたはず。でもそれはすごい事だよ。「定期的に」物事をするっていうのは、自分の行動パターンを変えるという事だと思うのでした。それが意識的に、自発的に出来る人はすごいと思う。
 簡単なようで、難しい事だよ。

■2005/4/22のわたくし
「志ん生が好き」という意見に思ったこと
 これこそ「いらんこと言い」だよな、ほっとけと思う(笑)
 言いたかったのはつまり「究極の落語を一つ聴いただけで、落語を理解したつもりになったら、そりゃ損だよ」ということ。

■2004/4/19〜23のわたくし
 多分記事は書いてたんだろうけど、あとになって削除した覚えがある。
 本当になんの面白みもない、知識ひけらかしみたいな記事を書いていたんだと思う。
 少し前にゆがんだはしごさんが「最近は(記事を)消す事が多い…」と書いていたけど、消した時は、そんな心境だったのかも知れない。
 今も、投稿する前に読み返して消す事は結構多いです。

領土問題

浦安市(うらやすし)は、東京都の東部に位置する市。1873年より、千葉県が自県の領土だと主張している。東京ディズニーリゾートがあることで有名。
 wikipediaの冒頭文を改変。

the Rebirth of Cool

Rebirth of Cool
Rebirth of Cool


 久しぶりに聴いたら、とても良い。15年前の音源?信じられない。
 正直「クールの誕生」よりもこっちの方が「買い」だと、僕は思ってたり。

 「新しいという事は、すぐに古くなるという事だ」

 その時、ヒップホップもアシッドジャズも、新しかった。しかし15年経った今も、それは古くなっていない。「エヴァーグリーン」という言葉は、決して70年代以前の音楽のためだけに用意された物ではない。そう思わせる音楽。
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2006年04月20日

何かに似ている

あるブログを荒らしまくってる人を眺めていて、何かに似ている…と思ったら、去年話題になった「引っ越しおばさん」だ!

言葉のメチャぶつけに辟易してブログを閉鎖したら、それは「議論に負けた」ことになってしまうのだろうか?とか思った。

追記:北朝鮮の外交にも似ている。

再び追記:ヘリトレだな。

みたび追記:なんだ、単なるヒステリーだったのか。
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ひらがなだけでは「子供の日記」にならない。

おねえさんにかみをあらってもらったら きもちよかったので おとをおおきくしたら オムレツをたべた。オムレツにはひきにくとおいもをいれました。たまねぎもいれた。
 これはKenさんの「パンク・オムレツ」という日記を加工したものです。Kenさんの日記を読んだ時、なんとなく「子供の日記っぽいなあ」と思ったのですが、しかし大きく違う所があった。それは、派手な格好の女の子→ワイルド→パンクという、この因果関係ですね。「子供の日記」の最大の特徴は、因果関係のめちゃくちゃさにあるのではないかと思ったのです。
 それで、そこをいじって、本格的に「子供が書いた変な文章」に書き直してみたのが、上の文章です。
 つまり「〜したら」という言葉の使い方がおかしい。
 しかし大人は「〜したら」の中で起こっている事を色々想像する。で、なんか面白いなあ、と思う。

 もう一つ例を挙げると
視基AB - 青木さやかさんの日記について
 最後の日記の構造を維持しながら中身を変えるとこうです。
きょう おにいちゃんとすもうをとった。ぼくは まけたので つまらなかった。おにいちゃんは かちました。
 こっちは逆に、「僕が負けたんだから、お兄ちゃんが勝ったのは分かってる」わけです。文章を読めば因果関係から予測の出来る事実を、あえて書く。
 でも大人は、「最後に、お兄ちゃんが勝った事を付け加える事で、負けた悔しさが出ているなあ」と思う。

 先に書いたのを「因果関係の飛躍」だとすれば、後の物は「因果関係の念押し」とでも言いましょうか。本質的には「言葉の誤用」であり「無駄な表現」なのだけど、いわゆる「子供の文章」が高く評価される理由は、こんな所にあるのじゃないかと思ったのです。
 そして。こういう「美しくない日本語が、実はブンガク的になったりもする」という事実は、大人のブロガーにとっても大事な事実だと思いますよ。

 いや、なんだか、こういうひらがなの文章を突然書きたくなっただけなんですが。

2006年04月19日

アサヒ「焼きポテ」

 アサヒフードアンドヘルスケアという会社(アサヒビールの関連会社)の「焼きポテ ピリッとチリ味」というのを買ってきて食べてみたのだけど、この商品がひどい。
 なんというか「1ミリもおいしくない」のでした。まずいとは言わないが「まったくおいしくない」
 パサパサしてるし、いもの味も足りないし、辛くもない。
 一つも「いいとこ」がないので、何を狙って発売した商品なのか分からない。多分、工場ラインがあるから作ったんだろうなあ。

俺って、変かなあ?

 人間誰しも「普通じゃない部分」を持っている。それはいいのだ。
 でも「あ、俺のココは変なのかも知れないな」という感覚は持っていなければいけない。こういう所は「一般的に見て」変なのかも知れないということだけ、なんとなく把握していれば良い。それを把握さえしていれば、別に「変」でも構わないと思う。
 困るのは、自分の変な部分を自覚せずに、それが普通だと思い込み、社会生活で「変」なことを平気でする人。さらに、それを他人に押しつけたり。
 これは迷惑だし、結果的には本人にとって損だと思う。

 結局、そういう人って「周囲を見て、そこから自分を判断する」ってことをしない。そう考えると、よく言われる「空気読め」につながるんだけど。
 よくアーダコーダ言われるのが「『空気読め』という言い草の是非」なんだけど、是非もへったくれもない。空気の読めないやつは「損」をするという事だと思う。
 空気の読めない人が「空気読め」という表現を批判し、「俺が正しい!」と言えば言うほど、その人は「バカだ」「ピチガイだ」と思われる。
 つまり、正しい正しくないではない。単純に「損」なのだ。

 日本では、昔から社会が個人に優先する。「いや、個人が優先するんだ!」という人はバイバーイ、ニューヨークにでも行きな、である。日本人の価値観を改革するんだ!という理想を持っているのならともかく、今の社会における己の不遇を、「空気読め」批判にぶつけても空しい事だ。

 以上のような事を、あるブログでの揉め事を見ていて、「荒らし」と「批判」の違いは、なんだろう?と考えながら思いました。

 「正しいか正しくないか」という事以外に、「変か変じゃないか」という価値基準もある。それが良いか悪いかではない。それが確かに「ある」と意識する事が大事だと思います。

2006年04月18日

教えてサラゲッタ

男は、歳を取るにつれて「恥」を失う。
そして男は、失った恥の代わりに、多くの物を得る。
しかし女は、恥を失ってはいけない。
女は恥の代わりに「自由」を手に入れるが、他のすべてを失うからだ。
ミシェル・サラゲッタ
 若い男を邪魔しているのはプライドだと思う。適度にプライドを捨てて生きると、この世は結構楽しくなる。

4/18あの日あの時

■2004/4/18のわたくし
一番最初の記事
二番目の記事

 今にして思えば、実に鬱々とした文章で、何か無理矢理書いている感じだ。その暗さと、底の方で重く倒れたような雰囲気が、良い。
 この春はただもうどうしようもなく過ぎ、その次の春にも、僕はまだグジグジとしていた。今年の春は、普通の春だ。この二年間、劇的な変化はなかったように思うけれど、そのようにして人の心は変わる。

■2005/4/18のわたくし
今日の日記は今までで一番つまらないです。
 2006年現在の日記が、この「一番つまらない日記」よりもつまらない。しかし、「つまらない人生」は、必ずしも「悪い人生」ではない。そのように思えるようになった。ということは、死の病からは逃れられたという事だ。

 暖かくなると、人は悩む。寒い時には、とりあえず生きてゆく事が大変だけど、暖かくなると余裕が出来る。だから、そのヒマを利用して人は悩むのである。
 そこで、多くの人は人生について悩んだりする。そして死にたくなったりするんだ。
 ヒマのせいで死にたくなっちゃっちゃあ、馬鹿馬鹿しい。
 だから、悩むんなら、もっとくだらない事に悩みたい。

ひらがなにすると、ものがたりができる。

 ちがうんだ
 ピンクのぼうしがすてたいひとに「すてればいいとおもうよ」じゃあ「ものがたり」にならない。
 「ぼくピンクのぼうしをすてたいの」は、ものがたりだ。
 ことばのうらにすてられないわけがある。
 それおおもうのが、ものがたりっていうもんじゃぁないか。

本日の昼食

 スーパーで赤飯が売られているのを見て落語「強飯の遊び」を思い出し、赤飯と煮物(筑前煮)を買ってきた。
 これが本日の昼食。
 「強飯の遊び」の中で、紙くず屋が葬式の帰りに赤飯(強飯)と煮しめを持たされる。当時、長寿で死んだ人の葬式では赤飯が振る舞われたのだという。

 春、そんな物を食べる。

 筑前煮が甘ったるくて、赤飯によく合う。僕は昔から煮物という物をあまり好まないけれど、今日はおいしいと思った。

 花輪和一の「刑務所の中」を思い出す。人間が昔から食べていた物を食べ、適度に働き、そして寝ていれば健康になると思う。
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2006年04月17日

ローランドはどーなんの?

 JUNOが話題になってると思ったら、VP−550って言う機械も出してるローランド。ちょっと、いくらなんでも過去の栄光に頼りすぎなんじゃないのか?たしかに惹かれるけどね。
 むしろ今はコルグの方が面白い感じですね。いや、「今のシンセはどれもつまらん」のだけどね、まだコルグの方が面白い感じ。
 しかし思うんだけど、ヤマハのVA音源以降、新しい音源って開発されたんでしょうか?
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気になんかしてないぞ。

 眞鍋かをりの言葉。
悪口みたいな(書き込み)は、見たら負けなんですよ
 この言葉、いいなあ、と思いました。
 ただ、そのままに受け取って賛成するわけではありません。
 「こう言いながら。眞鍋かをりは実は、悪口を読んでるんだろうなあ」と感じたので。それを含めて、いい言葉だなあ、と思ったのです。
 悪口にかかわらず、批判、そして時には賛辞も、見たら負けなんですよ。
 自分に対する評価なんて気にしてないもんねー!という顔をして、飄々と、そして堂々としていればよろしい。
 しかし、裏では評価を気にし、一喜一憂する。「くっそー!」とか「やったー!」とか思う。
 それが健全な大人の煩悶という物ではなかろうか?

 と、ここを読んで思いました。

くだらない記事で読者をキャッチする秘法

 一般的に、ブログにくだらない記事ばかり書いていると、読者は減ってゆきます。
 しかし、例外がある。くだらない記事だけで、読者をキャッチして放さない方法というのが、あるのです。

1.カスみたいな記事を書く(陳腐であれば陳腐なほどよい)

2.「カスみたいだね」という反応をもらう

3.「これをカスだと思うなんて、お前の目は節穴か?あんたみたいな人には、読んで頂かなくて結構!他の方は、次回の記事をお楽しみに!」と返事する。

4.また、カスみたいな記事を書く

2.に戻る

 大事なのは「カスみたいだね(陳腐だね)」という反応をもらえるかもらえないか。だから、コケにされたらありがたいと思わなければいけません。
 あとは3.の引っ張り方に、多少の技術を要するかも知れない。また、2〜4を繰り返しているだけではカラクリがすぐにばれてしまうので、たまには別の話題を提示してみるのもいいかも。

 これだけで、くだらない記事しか書いていなくても読者をつかめるのです。最初に「カスみたいだね」と言った人も、そう返されると「え?本当はもっと面白い事が隠されているのか?」と思ってまた見に来てしまう。
 さらに「読まなくて結構!」と言われると、読みたくなってしまう。人間の心理をうまく突いています。

 いや、むしろ「くだらない記事だからこそ」読者をつかめるのです。話題の発展がないというのは重要な事です。「面白い事」というのはインフレーションを起こす。読者は「もっと面白い事」を期待する。その期待に応え続けるのは大変な事です。
 で、あれば、面白くもなく発展もしない事を延々と書き続ければいい。

参考:長文が書けないとコンプレックスを持っている方へ
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島根県人魂

イズモイズム。

最近、なんだか山陰に行きたい。

CMと業種差別

 テレビを見ていて、センスのないCMが流れると「どうせパチンコ屋か派遣会社だろうな」と思う。
 パチンコ屋やパチンコ台、派遣会社のCMが増えているなあ、と思う。しかし、どこの広告もセンスがない。そして何か妙な「気負い」を感じる。儲かってるんだぞ!というような。
 思えば、10年以上前のサラ金会社のCMも、そんな感じだった。妙に浮いた感じ。今はそんな事無い。「サラ金」から「消費者金融」と名が変わり、市場から認められるにつれて、ちゃんとしたCMが作られるようになってきた。無人受付機の登場あたりから、変化が起きていたように思う。
 「異質な業種」のCMもまた、異質に作られるという事だろうか。「ちょっと妖しげな会社ですよ」とか「社会的にはちょっと仲間はずれにされてます」という雰囲気が、画面から伝わってくる。
 大手の広告代理店が、その手の会社のCMを作りたがらないと言う事かも知れない。そこら辺の事情はよく分からないけれど、なにかはっきりとした差を感じる。

2006年04月14日

4/14あの日あの時(週末SP)

■2005/4/14のわたくし
ブランド好きはバカか?
 「ブランドだから好き」と「他のと比べて良かったから好きになった」では全く違う。後者はとても少ないと思う。そういう事を考えると、日本人って物質的に貧しいなあ、とか思う。未成熟だなあ、と。
 この頃、ドラクエ3始める。最近、ドラクエ、またしたくなってきたんですよ。こういうバイオリズムも1年周期でめぐる物なのかな、と不思議な感じ。

■2005/4/15のわたくし
読者はメンドクサガリ
 僕がブログ論を書く理由は「書き手と読み手の間の大きな溝」を感じるからです。「書きたい」とか「伝えたい」という欲求を持った人はたくさんいる。でも何故か、そういう人ほど「読まれるために、伝えるためにどうすればいいのか」なんて事を考えていない。
 そういうのを見ていてもどかしくなる。そんな時にブログ論を書いています。

中村仲蔵

 先日、圓生師匠の「中村仲蔵」を聴いていて、しみじみと反省してしまったのでした。
 実は、彦六師匠がやる「中村仲蔵」の方が好き。圓生師匠の仲蔵は前向きすぎる。ただ、それだけに感じ入る部分があったのです。

 この中村仲蔵という人は、良い役者の家系に生まれたわけではないけれど、大出世をした人なのですね。それは歌舞伎界ではまず無いことなのですよ。家柄第一の業界ですからね。それは昔も今もそうは変わらない。
 しかし、この仲蔵という人は随分努力して、立派な役者になる。普通ならあり得ない話です。それだけ努力して、名の知られた役者になるわけ。
 そんなある時、ある芝居で、随分つまらない役をやれ、と言われるんですね。本来ならば自分よりもずっと格下の役者がやるような、下っ端の役をやれ、と言われる。
 これは芝居の作家のいじわるで、仲蔵をいじめてやろうという事なわけです。
 でも、仲蔵はこう考えるのですよ。「こんなにつまらない役でも、仲蔵がやればこんなに良い役になる、っていうのを見せてやろう」と。

 で、色々と工夫して、ほんのチョイ役だったその役を、立派に演じきってみせる。観客が大いに感動して、江戸中の評判になる。
 そういう話です。
 この「つまらない役」というのが忠臣蔵の斧定九郎(おのさだくろう)で、今では忠臣蔵の中でも特に良い役という位置づけになっています。トップクラスの役者がやる役。

 で、この話を聴いてですね、僕は随分と反省をした。というか、仕事というのは、こういう気持ちを持ってしなければいけないと思った。この仕事、自分ならこうする、自分ならではのやり方をする。一見つまらない仕事でも、自分がやれば、こんな成果が出る、こんな事が見えてくる。それが、自分の職場における価値だ、と思う。
 基本的な事なんですけどね。数年前まではそういう事を常に考えていたけど、最近あまり考えていなかった。

2006年04月12日

4/12あの日あの時

■2005/4/12あの日あの時
 この日の記事はあまりにくだらないので、リンクは貼りません。
 しかし、この前後の日記を読むと「ああ、去年も僕はこの頃、こういう事をしていたのだなあ」と思う。
 暖かくなってきたので散歩に出かける、焼酎からビールに切り替える。
 「去年も同じだった」事を確認すると、なにか安心する。
 平凡で、穏やかな生活。
過去ログ
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