2006年03月31日

ヘリトレで思い出したツナトレ

ヘリトレって面白い感じですね。
で、思い出したこと。高校生の頃、全く別々のAとBを、三段論法のような連想ゲームのような方法でつなげてみる、という遊びがあった。

その代表作のお題は「A:地震、B:遊佐未森」で、

・地震→ゆさゆさ→遊佐未森

だったのだ。思えばひどく馬鹿馬鹿しい。
試しに「A:ブッシュ大統領、B:フセイン」でやってみると、

・ブッシュ→ブッシュミルズ→ウイスキー→アルコール→燃料→石油→イラク→フセイン

になる。こう書いてしまうと面白くも何ともないけど、一人でなんとなく遊んでいると面白いものです。
「つなげるトレーニング」で「ツナトレ」と名付けましょう。

Amazonアソシエイト収入記録

開始したのが2005年5月。

2005年 4月〜 6月:売上金額 11,713円(7点)、報酬 521円
同   7月〜 9月:売上金額 39,003円(19点)、報酬1,465円
同  10月〜12月:売上金額 18,847円(11点)、報酬 574円
2006年 1月〜 3月:売上金額102,213円(44点)、報酬3,875円

特に今年に入ってからは多くのご利用を頂いています。
毎度ありがとうございます。
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3/30あの日あの時(週末SP)

■2005/3/29のわたくし
お酒とカクテルに関する、ごく基本的ないくつかの事
 恋をするというのは、表現することだと思う。恋は長時間続かない。それは日常になる。恋が愛になってゆくと、表現する機会は減る。しかし、表現しなくてはいけない。それには意志が必要だ。

■2005/3/30のわたくし
考える力とは
 自分に都合の良い考え方しかできない人はダメだなあ。

■2005/3/31のわたくし
みうらじゅん好きの女
 女の常套句に「少年のような人が好き」ってのがあるんだけど、それってそのまま、みうらじゅんなんだよな。

2006年03月29日

それに付随して

何故なのかは分かりませんが、しかし今までもそうだった。
アクセスが急に増えると、記事を書こうという意欲がなくなります。
どういうことでしょうか?
自覚できる、はっきりした理由はありません。
そしてそれなりに、いつも通り物を考えたり感じたりしている。
しかし、それを文字にしようという気が起こらなくなる。
今まで、アクセス津波が押し寄せてきた時に、いつもそのようになったような、そのような気がします。
何故なのだろうか。

名誉なのか不名誉なのか限りなく灰色。

Seesaaのアクセスランキング17位に入った。
色々アレなブログが多いSeesaaにおいて、不正なき17位は快挙であると同時に、こんなランキングに名を連ねているとアレなブログだと思われかねないという恐怖。と言うかそれ以前に、ここのランキング見てる人っているのか?
ちなみに総合ランキング23位

多分今後ないことなので記録。

2006年03月28日

金がないなら俺んとこに来い

バーで、「あちらのお客様からです」って、勘定書が来たら面白いよね。

と、今思いついた。
多分使い古されたネタなのだろうが。

日記を書かない理由

 ここ数日日記を書いていないのは、書くほどのことがないからであって、多分、心情の変化による物ではない。
 色々思うこと、感じることはあってメモはしているのだけど、アップするほどの物ではない。そういえばブログを始める前は、酔うとそこら辺の紙に色々なことを殴り書いていた。新聞紙や文庫本にマジックでビチャビチャと何かを書いていたのだった。
 それも今は電車から見るだけ、じゃないやPC上でおとなしく打つだけになった。なんだか、実生活よりもweb上の自分の方が、存在として重いような気がしてくる。そんな自分に押しつぶされそうでーす。せんせーい、せんせーい。先生はここですよー…
 このように、実生活がオンラインに浸食されるような感覚を「ライフハック」と言うのだと思いこんでいたが、全く違うようである。
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3/28あの日あの時

■2005/3/28のわたくし
家庭内暴力に関するチェックリスト
 ドメスティック・バイオレンスって僕にとっては「全く分からないもの」なのですが、結構あるようですね。
 なんだろうなあ。
 僕は、恋人関係とか、夫婦関係というのは常にSM的な物であるべきだと思う。支配者と被支配者という関係の方が安定するから。
 ただ、そこにはバランスが必要であって、例えば家の外では女が男を立て、家の中では男が女に従う、というような。日常生活の中でSM関係のバランスを取る、というのが大事なことだと僕は考えています。
 なんというか、このゆるい世の中ではそういうこと、つまり支配と被支配や、あるいは教育のための体罰・支配のための暴力とか、そういうことがタブーになってしまっている。
 支配=良くない、体罰=良くない、それは絶対であって、本当に良くないのか吟味することすら禁忌である。吟味すること、考えることがタブーになると、何故それが良くないのか、多くの人は理解しないまま成人する。
 だから家庭内暴力とか増えるんじゃないかなあ?漠然とそんな風に思う。

2006

はてなブックマーク、ブックマーク数が2006に達しました。
もう収拾がつきません。
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2006年03月27日

J・Jがいた夏

 関西では、「やかましい」を「じゃかましい」とも言うのだが、これはつまり「JAKAMASHII」をドイツ語読みするか英語読みするかの違いである。
 であるからして、スペイン語読みのように「はかましい」と言う地方があっても良さそうな物だ。

 本当に意味のない記事ですいません。

「同調できるブログ」だから良いとは限らない。

 注目というか、良いことを書いてるんだろうな、というブログ。

タルタルソースも空を飛ぶ

 何回かコメントをもらった小樽さんのブログ。
 しかし難点が一つあって、「ああ、僕が思ってるのと同じ事だ」というね、そういう記事がたくさんあったりする。ドッペルゲンガーですね(笑)
 で、「あー、そうだよねー、そうそう」と思って「あー、それと同じ事、昔書いたよ」とかね、そう思いながら読んでると、大事な所を読み逃すというかね、そういう感じがある。

 だからね、「このブログに書いてあることには同調できる」というのって、良い評価ではあるけれど、ブロガーにとっては必ずしも幸せなことではないというか。つまり「同調できるが故に、細かい部分が読み逃されちゃってる」というような、そんなことがあるのかなあ、と思うのでした。
 そういう細かい部分、ちょっとしたニュアンスの違いに、実はすごく大切なことが含まれてたり。そういう、ブロガー自身も意識してないような、小さなヒントが見過ごされてるんじゃないか?そんな気がしたのです。

 しかし多分、この人の文章には、良いこと、僕が読み逃してる何か特別な事が、潜んでると思う。
 だからもう少し丁寧に読もうと思います、これからは。

 あと、箇条書きの仕方とか、なんかツボに入ります。見やすいし、その上、展開がうまい。
 さらに、学生さんにありがちな、というか童貞さんにありがちな「カタカナ言葉を多用して虚勢を張る」姿勢がないのも好感。

 つーわけでBlogPeopleに追加。
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多分「理系の人」がおっこちやすい落とし穴

 いや、僕は理系ではないのだけど。
 会社に入って9年ほど経って、ようやく分かってきたこと。
 いや、厳密には、頭では分かってるんだけど忘れがちなこと。
 「正しいこと」が大きな効果を上げる、とは限らない。むしろ、その逆だ。「正しいこと」は小難しく、受け入れがたく、それゆえに否定され、無視され、結局何も効果を生まなかったりする。
 正しいこと、「理屈として美しい物」から、少し離れて考えてみるような余裕が、多分とても大切。

買った物のメモ

・種の起源(上):ダーウィン
・博士の異常な健康:水道橋博士

・桂文枝「莨の火・たちきれ」
・笑福亭松鶴「高津の富・貧乏花見・天王寺参り・蛸芝居」
・Mr.Fiddler「with respect」
・Masters at Work「Soul Heaven」

 松鶴師匠の二枚組は「蛸芝居」目当てに買ったのだけれど、全体的にこの季節にぴったりの演目。
 MAWはミックスCD。1曲目のロイエアーズがいきなり良いです。多分ハウス好きのためのハウスではなくて、ジャズ、ソウル、ファンク好きのためのハウス。
 Mr.Fiddlerはえっけんさんおすすめ盤。一旦カートに入れた後→売り切れ→再度他の出品者から購入、というステップを踏んだので、アフィリエイト収入は入らないと思います。すいません。

2006年03月25日

アップトゥデイトなんてしなくて良いのだ!!

 おそらく初めて、タイトルにエクスクラメーションマークを二つも付けてしまった。
 先日、ある飲み屋で、落語のことを話している二人組を見付けたのです。
 こっそり聞いていると、業界にもある程度通じていて、かなりの頻度で落語を聴いているらしい。
 僕はと言えば、最後に落語を生で聴いたのが5年ほど前、という感じなのでした。
 で、続けてこっそり聞いていると、出てくる名前は「権太楼、喬太郎、小朝、志ん朝」まあ、こんな物だった。
 ああ、なーんだ、と思った。
 アップ・トゥ・デイトなんてしなくても良いんだ。好きな物を適当に聴いていれば、それが正しいんだ。
 現に、生では全然聴いていない僕と、しょっちゅう聴いているこの人たち、そのレベルはほぼ同じだ。評価している落語家も、内容も、ほとんど同じ。そういう物なのか。
 かえって、件の人たちの方が落語を知らないんじゃないか。上方落語については一言も触れていなかったもの。
 まあ、落語って言う、特殊な業界の話だからね。でも、ああ、そんなものか、と安心したようながっかりしたようなエピソード。

周防正行監督

 この記事を読んで思いだした。
 僕は「Shall we ダンス?」のことを、駄作だとは思わない。それなりに良くできた映画だと思っているのだった。
 でも、僕の中では「シコふんじゃった」の方が名作だと思うし、個人的には「ファンシィダンス」の方がずっと好きだ。
 そんなわけで「Shall we ダンス?」だけが何故か注目されることにすごく不満を感じているのでした。
 上記三作の中では一番「日常に近い設定」だったからかな。多くの観客にとって「自分にもできる冒険」のように感じられたからだろうか。

 そういえば周防監督は、このように「身近だけどよく分からない裏側」を映画にしていて、伊丹十三に似ている部分がある。「タンポポ」のメイキングを監督したのが確か周防監督だったねぇ。
 縁があるのだなあ。

日本語のようにも聞こえる外国語

・コギトエルゴスム : cogito,ergo sum
・メメントモリ : memento mori
・カッパドキア : cappadocia
・カタコンベ : catacombe
・コンクラーベ : conclave
・コマンタレブー : Comment allez-vous?
・ドビルパン : de Villepin(人名
(随時更新の予定)

参考:世界の「珍名」所 大集合
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3/26あの日あの時

 あしたのことだけど。
■2005/3/26のわたくし
マーケティングの一端は「いかに選ばれるか?」ということ
 この時「泊まる理由のないホテル」だと書いた大阪東急ホテルは今年閉館。必然でしょう。宿泊客が「何に対して」お金を払っているのか、全く考えていないホテルだなあ、と思ったから。
 東京や大阪で1泊1万円〜1万5千円くらいのホテルは、どんどん淘汰されると思う。
 その他、漫画と絵柄、小説と文体についても書いてます。文体はインターフェイスであって、本質ではない、というのは今も考えていること。ただし、どうしても受け付けない物もあって、それを無理に克服しようとするのもめんどくさい。同じようなことをつい最近も書きました。
 あとは、「当たり前のこと」と「当たり前じゃないこと」の認識がやはり普通の人と違うのか?とか。→SMについて
 この日始めて知ったおとなり日記を久しぶりに見てみたけど、有名どころばかりが引っかかるので余り面白くないですね。

2006年03月24日

「仲が良い」と「批判しない」は違うと思う

 「web上での知り合い」が増えて、その人の事がある程度分かってくる。
 そうすると、記事を書く時に躊躇することがある。

・特定企業の批判をする時→「あ、あの人、ここの関連企業だったなそういえば」
・ブログデザインの批判をする時→「あの人は、こういうデザインにしてたよな、悪く言ったら悪いかな」
・著作や音楽の批判をする時→「あの人は、このクリエイターのファンなんだよなー、怒るかな」

 そんなことを、よく思います。
 でも、結局は書く。ほとんどの場合。
 それは「書きたいという衝動」によるものではない。
 そういう風に気を遣って批判を抑える人は「めんどくさい知り合い」だと思うからだ。
 ちょっとした批判から「あの人は友達だと思ってたのに」とか「オフ会で会って優しそうな人だったのに」とか、なんかそういう部分から始まる争いというか、どろどろしたような関係。そういう物とは無縁でいたいと思う。
 だから、「もしかしたら、あの人、怒るかな?」と思いながらも、感じたことを書くべきだし、批判もするべきだ、という様なことを思う。
 自分のためとか、他人のためとか、そういうことでもなく、関係をすっきりさせていたいために書いている。
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たいへんだあああ

カートに着エロをいくつか入れたおかげで、Amazonのおすすめがエロエロに!
僕は得な性格で、とりあえずカートに入れるだけで物欲が満たされたりします。
トイザらスに行っても、とりあえずカートにおもちゃをいっぱい入れて、店内を一通りめぐると満足してしまう。
で、商品を棚に戻す(笑)

1円も使わずに楽しめる性格です。

神様の形

 旧約聖書によると、神は形を持っている。
 そういえばそうだ。
 つまり、神が存在している前提として、そこには空間がある。
 その空間を作ったのは誰なのだろうか。
 最近なんとなく、キリスト教における神というのは、形のない「摂理」のようなもので、それは数学や科学なのだと思っていたのだけど。
 そういえば神には形があるのだった。

・参考:旧約聖書とは

2006年03月23日

3/23あの日あの時

■2005/3/23のわたくし
批判や反論に対する、「大人」の対処法とは?
 極めて適当に思いつきで書いているけど、1年経って読み返しても「そうだよなあ」と思う。
 ただ、ブログという媒体が有名になった今、批判したり喧嘩したりするのに「構えて」しまう人が多くなっている。そういう違いがあるかなあ。
 本当は批判したいんだけど、逃げ道をたくさん作って、言い訳しながらする批判が増えてます。で、結果として何が言いたいのか分からない、というような文章。
 随所に「べつにいいんですけどね」なんて言葉がちりばめられてたりね。
 そういうのって、対処のしようがないんだよな、、、対処しなくても良いんだけどね、そんなへっぴり腰の批判には。

 まあ、僕自身も、逃げ道は作るようになりましたけどね。
 というか、ブログ始めた頃は「これが不快だ!」って記事をよく書いていたけど、今は「なんで嫌いなんだろう?」ってことに興味が出てきた。
 僕は自分マニアですからね。一番興味がある対象は「自分」なのです。

 この今井つかさの顔は、とてもかわいいなあ。
 大泉さんは、今や「全国放送で主演をはる俳優」になりましたね。演技はお世辞にも上達してないけど。

嫌いな言葉:思考停止

 ブログ界には「思考停止」という言葉を使いたがる人が結構たくさんいるのだけど、僕は「思考停止」という言葉が嫌いだ。
 なんでだろうか?
 多分、「思考停止」と言いたがる人の多くが「思考停止=良くない事」という思考停止に陥っていて、さらに自分が思考停止している事に気付いていないからなんだと思う。
 止まる事は悪くない。
 どこまで動き、どこで止まるか?いったん止まった後、再度動く余地はあるのか?そんな事が大事なのだと思う。

人相

 藤村さんと嬉野さんの2ショットをPCの壁紙にしている。
 それを見た元上司いわく、
 「なんか悪いことしそうな顔やな」

 多分、藤村さんの方でしょう。

 参考

何をしたって誰かには嫌われるのだ

tapestry @ Hatena - イケメン採用について
・僕はこれを読んで、「気持ち悪いなあ」と感じた。
・で、この記事を「気持ち悪い」と感じる僕は、なんと神経がひねくれ曲がっているのか、とも考えた。

・「結局、何をしたって誰かには嫌われる」というのが僕の基本的な考えです。
・正しい事、良い事をしていても、それを不快に思う人は絶対に居る。
・ただ、正しい事は「批判するべき事」ではない。それを正しいとしている社会において、それは「受け入れるべき事」である。
・だから表だって「気持ち悪い」と言うのははばかられる。

しかし、「気持ち悪い」と思っている人は、必ず居る。
・何をしたって、どんなに良い事をしている人だって、誰かには必ず嫌われたり、鬱陶しいと思われたり、ねたまれたりしているはずだ。

・だから、「人に嫌われる事」を過度に恐れるべきではないと思う。
・人に好かれるために生きる事はむなしい、と感じる。

2006年03月20日

養老孟司の文章

 「脳の見方」の序文を読んでいて思った。
 養老猛司の文章って、無駄が多くて読みにくくないかい?
 ブログばっかり読んでいて「軽薄短小」に慣れてしまったからだろうか?

 でも、永井荷風先生とかは普通に気持ちよく読めるんだよなあ。

 学者としての能力と、文章書きとしての能力、という物について少し前から考えています。
 その二つは別に両立してなくても良い。でも、その場合、学者としての能力を読める形にする「翻訳者」みたいな人が欲しい。

 「脳の見方」には興味があるので、もう少し読み進めます。

友達に貸した「ハットリ君」は、友達の母親に捨てられた。

 ここここをちらっと見て。
 大事にしてる物を嫁に捨てられたら、その時は凹むだろうし怒るけど、別にその後は気にしないなあ。
 「昔ああいうのを持っていたなあ」と思い出す事はあるだろうけど。
 僕は物持ちの良い方だけど、そして物に対する執着心が強い方だと思っていたけど、実はそうでもないのだろうか?
 捨てられようが燃やされようが、「かつて持っていた物」は「自分の一部」の様になっていて、物が無くても別に良い。
 プッチの時計じゃないんだから。
 それは、先日書いた「捨てることとか」に関係するのだろうか。思い出のある物を、敢えて捨てた思い出。それは確かに寂しい物だが、「捨てなければよかった」とは決して思わない。
 物っていうのは、所詮過去なんだよね。未来に向かって、これから生きてゆくにあたって「絶対に必要な『物』」なんて、ほとんどないのではないかと思う。あったとしても、その多くは「形のない『物』」なんじゃあなかろうか。
 僕は、自分の脳味噌と、本と、紙と鉛筆さえあれば楽しく生きてゆけるんじゃないか、と思うのです。

2006年03月17日

えるすけの法則02

「よかれと思って」取った行動が、よい結果を生み出した試しはない。

ニュースサイトが嫌いな理由

 僕がいつもニュースサイトについて微妙に敵対心を表してみる理由について、少しだけわかった事。
 つまり僕は、ニュースサイト管理者ではなくて「ニュースサイト利用者」が嫌いなのだ。いや、嫌いというか気持ち悪いのだった。
 何でかというと、「ニュースサイトを見ている人ってどんな人なんだろうか?」それを知らないからなのであった。

 ニュースサイトにリンクされると、大量の閲覧者が来る。そして、とりあえず来て、そのほとんどは何もリアクションを見せず、帰って行く。
 「知らない人」が「大量に」来て、「無言で」帰るというのは、これは恐い事だよ。

 しかし、ニュースサイトの管理者というのは、そういう利用者を相手にしているわけで、なんというか大変だなあ、とか思う。それとも、利用者の分析をしてるのかなあ。してるとしたらどうやって?
 
 まあ結局、「知らないから気持ち悪い」のであって、それは一方で「知りたい」という事でもあるのでした。ニュースサイトを見ているのは、どんな人なのだろうか?大雑把な傾向はどんなもんなのか?

 さて余談ですが、このようにニュースサイトは嫌いだとか気持ち悪いとか言っている私のサイトを見て、ちょこちょことリンクをしてくれるまなめはうす駄文にゅうすは、とてもふところが深いと思うのでした。 
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3/17あの日あの時(週末SP)

■2005/3/17のわたくし
web上に寄る辺なし、放浪もせず。
 これを書いてから1年経って、「webなくても良いな」という意識は強まっているような気がする。でも、体質的にwebへの依存度が高まっているようにも思う。そうやって自分がつまらなくなってゆく感覚。
 一年前というとついこの間の事のようで、ここに書いてある事なんか、すごくよく覚えている。

■2005/3/18のわたくし
売文業について
 要は「長文は読まない」ということで、つくづく進歩がない(笑)
 JMMの記事をよく読んでいた頃は、WORDにコピーして、A4たて二段組にして、プリントアウトして読んでました。長文が嫌いというより、PCの画面上で横書きの文章をスクロールしながら読むという行為が苦手なのだとも思います。

■2005/3/19のわたくし
出た!「自称・毒舌家」
 つい先日の事のようでありながら、ずいぶん若いなあ、僕の文章。今や「オフ会」なんて恥ずかしくて口にしないもんなあ。なんだよ「オフ会」って。気持ち悪い。「茶話会」に通じる胡散臭さを感じる。
 いや、言葉が嫌いなだけで「飲み会」ならいくらでも参加したいんですけど。

ノンテリブロガーの主張

・論壇系ブロガー、インテリブロガー、そのほとんどが嫌いだ。

・何が嫌いって

・彼らもポカをする。感情的に、ヘンテコなことを書いてしまったりする。
・それにツッコミが入った時の、奴らの言い分が嫌いなのだった。
・「そんなことは書いていません」、「誤読だ」、「よく読め」
・本気でそう思っているのであれば、彼らのコミュニケーション能力に欠陥があるのだと思う。
・しかし、彼らは多分、本心では「やっちゃったかな」とか「書きすぎたかな」、「誤解を受けるような事書いたな」とか思ってるんだよ。
・でも、インテリ故にそれを認めない。
・「そんなことは書いていません!よく読んでから反論してね!」である。

・僕は知識もないノンテリブロガーなので、そういう時はごまかしてしまう。
・「そういう意味じゃなかったんだけど、ごめんなさい、エヘヘ」と。

・謝らないインテリってのは、アホにとって一番恐く、始末に負えない存在なのだった。

・Leftyさんの反応を受けて、思い出したので。
■参考:日本人とブログと議論
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